ただいま、『Anagogic Ideal』

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 内容を簡潔に纏めると、それは【バイト募集のお知らせ】だったらしい。  『Anagogic Ideal』のまるで人間のようなAIについては、夢のない話からトンデモな珍説まで、様々な物がある。  コンピュータ内に人格を再現しただの、世界全体をシミュレーションしただの、力技で全ての状況に対応したリアクションを学習させただの、といった説の中に、「実はあれはAIではなく、中の人がいるのだ」なんてジョークがあった。  曰く、このゲームのNPCは高性能AIなんぞではなく、秘密保持契約を結んだ人間にNPCやボスモンスターをやらせている、というのだ。  重要NPCやイベントボスは社員が、それ以外は同社運営のゲームでソロの長時間プレイヤーをスカウトしてアルバイトを持ちかける、とか何とか?  与太話にしたって馬鹿馬鹿しい。  けれど、その与太話が、どうも事実だったらしい。  この話を漏らした人が、メッセージにあった損害賠償を請求された実績って奴なんだろうなぁ。  併記されていた請求額は、ちょっと洒落にならない金額だったけれど、今その人って、どこでどうしているんだろうか。  ***  で、今は通話機能を使ってバイトの面接中だ。 『小森さんにお願いしたいのは、ダンジョンマスターの役なんですよ』  面接官はハキハキとした、明るい雰囲気のお兄さん。  音声のみ(サウンドオンリー)なので、声の印象だけなんだけど。 「はあ、中ボスですか」 『そうですね。プレイヤーの方だと話が早いですねぇ』  正直を言えば、始まりの街の……欲を言えば冒険者ギルド勤務、というのを期待して、いなくもなかった。  ギルド受付嬢のニャイリアちゃんに会えるかな、という私欲の残りカスだ。  ニャイリアちゃんの中の人に会いたいというわけではない。  僕は演者と役柄は、きちんと分けて考えられる人間だ。  単純に、ニャイリアちゃんが好きなだけである。 「その場合、新規に発生したダンジョンのボスになるんでしょうか? 既存ダンジョンの引継ぎですか?」 『新規ですね。既存ダンジョンのマスターさんがお仕事をお辞めになる場合は、ダンジョンも崩壊しますので』 「あ、前に未踏破のダンジョンが急に崩壊したのって、そういう……」  ダンジョンは基本的に最奥まで踏破し、ダンジョンマスターを撃破すると崩壊する。  歴史ある(といってもリリースから数年のゲームだけど)ダンジョンは成長を重ねており、そう簡単に踏破されることはない。  けれど、僕がゲームを始めてからできたような新参ダンジョンは結構頻繁に踏破され、崩壊していた。  ダンジョンが崩壊すると、しばらくして新しいダンジョンができるわけだ。 「踏破されちゃったら、またゼロから新しいダンジョンを作る感じでしょうか」 『いえ、ある程度の運用実績があれば、そういうこともあるのですが……』 「すぐに踏破された場合は実績不足で、別のダンジョンは作れないと」 『はい、非正規雇用の方の契約内容で、そう決まっておりまして。  なので、最近は非正規雇用のダンジョンマスターさんだと、一度踏破されたら別のダンジョンにー、ということは滅多にないですねぇ』  ゲームのリリース当初は、ダンジョンも弱かったけれど、プレイヤーも弱かった。  なのでそれなりに長い期間、ダンジョンは踏破されずにあり続け、ダンジョンマスターも運用実績を積め、経験値を稼げた。  ただ、今は当時よりレベル上限も60くらい上がっているはずだし、プレイヤー側もダンジョン攻略のノウハウが蓄積されている。  新規ダンジョンは前述の通り、簡単にクリアされてしまうのだ。  非正規雇用の契約内容とやらが現状に合っていないと思うのだけど、僕が文句を付けてもどうなる物でもない。  面接官のお兄さんも上司に内容変更を提案はしてみたらしいけど(いい人だ)、ダンジョンマスターだけ特別扱いするのは無理ってことで、結局この現状なんだとか。 「となると、別のNPCか何かに?」 『いえいえ、そういうわけでもなくて』  ***  要するに、【死んだらクビ】という話だった。 『小規模ダンジョンのマスターから経験値を稼いで、大規模ダンジョンのマスターに成長した事例もありますからね!  ダンジョン規模に合わせて昇給もありますよ!』  とか何とか言われても、今の環境でそこまでダンジョンが成長できるわけないんだよなぁ。  見つからないように隠れておこうにも、新規ダンジョンの出現は、アップデート内容のお知らせ内で、出現エリアも含めて公表されてたし。  ともあれ、給料自体はわりと良い。  ゲームをしているだけでお金が貰えるのも魅力的だ。  「あなたにとって十分な利益」というメッセージ内容に偽りはない。  昇給とか考えず、とにかく1日でも長く生き残るダンジョンを作ろう、と僕は心に決めた。
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