響き薫る

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 午後三時、雨音が響く窓辺でラタンの椅子に腰掛けながら、歳を召した妻は鼻歌交じりにアイスペールから氷を一つ二つとグラスに移していた。  都心より鉄道に揺られること一時間、ロマンスカーの終点より程近いこの老舗旅館は、かつて新婚だった私と妻の思い出の場所である。  美しい庭園を見下ろす情緒溢れるこの部屋にまた来られたのは、親孝行な息子達のお陰だ。  さざめく時代の波に翻弄されながら、少なからず紆余曲折あった妻との結婚生活も、かれこれもう三十年―――。  真珠婚と呼ばれる今年、息子が晴れて結婚式を挙げた。  狙ったのか偶然かは定かではないものの、今日は私と妻の結婚記念日。しかも同じ神社で祝詞を挙げ、生憎の雨にはなったが、思い出のこの旅館で息子自身や花嫁を慕う友人に二人の良き職場の仲間、両家親戚一同が揃った賑やかな披露宴が行われた。  二次会は皆各々ということで、あちらのご両親と軽いお茶をした後、両家親類の親睦夕食会までの暇は二人だけで過ごすこととした。 「貴方、準備出来ましたよ」  そんな合図に私は、ここぞとばかりに上等な箱の封を開け、深い琥珀が輝くボトルを取り出した。  披露宴の席で息子達から、これまでの感謝の気持として渡された一級品ウイスキーである。  真珠婚に加えて今年は妻の還暦、私の古希の年でもあった。
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