響き薫る

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「私達、雨神様に好かれてるのかしらね?式と披露宴の間だけでも天気が持ってくれて良かったわ」  蕭々と降る雨に、妻はマドラーを回しながら自嘲気味に肩を竦めた。  幼い頃から彼女は晴れの日やイベント事に限って雨に見舞われるらしく本人は最早、笑い飛ばしている。  そんな気概のある所が彼女の良さだ。 「俺と違って(いさむ)は強運の持ち主だからね。君と一緒で人望にも恵まれてる」  そう返しながら、私は注ぎ終わったボトルの蓋をしっかりと締めた。  ウイスキーの醍醐味はその薫りと琥珀のような味わいのある色だと思う。  逃してしまっては勿体ない。  高かっただろうに、私達の結婚年数と同じ三十年物である。 「あら、人望なら貴方譲りよ?氷河期世代で苦労しながらも大手で部長にまで上り詰めたんですから。お蔭様で私も安定した生活をさせてもらったわ」  そう然りげ無く私のことを讃えながら、妻はシミの増えた手で出来上がった水割りを差し出した。 「周りが良い人だったんだよ。琴葉(ことは)さんを含めてね…」  妻と向き合うようにラタンの椅子に腰掛け、揺れる琥珀に鼻を寄せた私は感慨深くその薫りを味わった。  こんなに上等な酒は久しぶりである。  現役時代からの積年の深酒が祟り、数年前に胆石やら初期の胃がんをやって以来、こっ酷く子供達に怒られて、ここ数年は飲酒を控えていた。  今日は特別に解禁である。 「ふふっ、名前で呼ばれるのなんていつぶりかしら?」 「まだお母さんの方が良い?」 「貴方のお好きにどうぞ…、今日で子供達も全員、巣立ちましたから?」  そう誂うように妻は言って、カラリと氷を鳴らした。  大切そうにグラスを持つ手は、三十年の月日の流れを、まざまざと私に思い知らせる。  交際当時、白くて綺麗だった指には事務職の職業病とも言うべき大きなペンだこを作り、日々の家事であちこち傷を拵えては色も濃くなって逞しくなった。  綺麗だったネイルの爪も今や見る影もない。
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