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「何事?」
「水野の靴が川に投げ落とされたらしい」
「なんで?」
「どうせ水野が何か言って怒らせたんだろう」
彼女のような生き方をすれば、多かれ少なかれこういう状況には直面することになる。だから誰もが逆らわないのだ。
「ほら、早く川に入って拾って来いよ」
今の時期は冬。気温や吹いてくる風だけでさえ寒い季節に、冷たい水が敷き詰められた川になど入れるわけがない。風邪を引くか、最悪の場合は死ぬ。
そんなことできるはずがないと、誰もが思っている。
「……」
だからこそ彼女は笑うのだ。
『自分たちの思い通りになると思ってる、そんな人たちに石を投げ込んでやるのが好きなの』
彼女がフェンスを乗り越え、川に飛び込む。
「あいつ、ほんとに川に飛び込みやがった」
その川は真ん中は溝ができていて深く、端の方はまだ足はつく。
彼女の靴は川の真ん中で浮かんでいる。
「おい、大丈夫なのか?あいつ」
「この寒さだよ?死んじゃうって。ニノ助けてあげなよ」
「俺に死ねって言ってるのか?」
端に下りた彼女の胸よりも下はすでに川の中にある。
そして大きく息を吸い込み、彼女は真ん中の方に飛び込んだ。
「……」
汚れ切った川の水で彼女の姿が見えなくなる。
「おい……」
不安の声があちらこちらで聞こえる。
少し経って彼女が靴を掴み、川から顔を出す。もう一度潜って端の方に移動し、溝の側面に掴まって顔だけ水面から出した。
そして、大きな声で叫んだ。
「ざまあみろっっっ!!!!!」
ざわざわとしていた辺りが一斉に静まり返る。
「……」
確かに揺れていた。
てっきり彼女が石を投げ込んできたからだと思っていた。
「ササ?」
確かに揺れ動いていたそれは水面なんかじゃなく、僕自身だったんだ。
「ざまあみろ……」
波風立たぬ退屈な日々よ、サヨナラ。
「おい!」
フェンスを飛び越え僕も真冬の川に飛び込んだ。
一度僕の体全部が川の中に沈む。その愚かな行動に後悔はなかった。
彼女のもう片方の靴を手に取り、そのまま泳いで端の方へ向かい、溝を乗り越える。
「……」
腰より下は川に浸かったまま、僕は顔だけを出す彼女に手を伸ばした。
「……」
彼女は笑った。
ガクガクと震える僕に対してなのか、あるいは。
「どう?気分は?」
「いいね」
どんな時もただ流されず、自分のやりたいように流れに逆らって生きていく彼女。
ただ純粋に、そんな生き方を僕はかっこいいと思ってしまったんだ。
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