自宅にて

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自宅にて

「飯はまだかのぅ――」  私、遠藤恵那には特異な力がある。 「ここも手狭(てぜま)になったわねぇ――」  そんじょそこらの力じゃない。  なんたって『霊』が見える。 「まぁ――、これだけいればねぇ」 「最近の若いもんは……」  たまーにそういう人もいるって?  知ってるよ。  ただ、私の力は――。 「――ガタガタ(うるさ)いッ!」  握り拳で机を叩きつけた。  それでもこいつらは動じない。 「まぁ、(きたな)い言葉」 「(わめ)いても無駄だよ、これは仕方ないんだ」  勉強中だというのに、本当に(わずら)わしい。  腹が立ったので睨み付けてやろうと思った。  振り向くと、部屋中に『霊』がいる。  一人や二人ではない。  この狭い部屋に、文字通り重なるように十、二十の『霊』がいる。  ――。 「恵那ちゃん、諦めなって、共存するしかないんだよ」  常識的な会話も出来る。一番若く、常識的な奴が呟く。 「知ってるわよ! だけど静かにして!」  ――受験勉強中なんだ、私は。  一番苦手な数学を、なんとかしないといけないんだ。  こんな騒がしい環境で勉強など出来るか! 「もっと一族がちゃんと供養してればねぇ――」 「そうだ、こんな狭いところに(たむろ)することにもならんかったろうに――」  ――こいつらは、全員だ。  家全体に100人くらいいる。  顔が見える人も見えない人もいるのだが、先祖の写真なんて、良くて三代前で止まっている。  父方母方の祖父母、曾祖父母、高祖父母。それだけでない、親戚遠戚も含めれば膨大な数になる。それだけの数が、よぼよぼよろよろと私の家で(たむろ)する――。  原因は、私の力――というだけでもない。 「遠藤家も、金沢家も、揃いも揃って……まったく」 「百年揺蕩うのも悪くないぞい」 「良い訳ないでしょうに」  親戚含めた一族が、軒並み供養を疎かにし、墓は荒れ放題になった。  無縁仏は大地に埋まり、草生すばかりである。  ゆく川の流れは絶えずして――、は嘘だ。  こんなに淀んでいる。留まっている。  あぁ、古文はまだ良い、数学だよ、数学! 「もう! 私は数学で忙しいの! 静かにして!」  親がまだ帰ってこない、夕方――。  私は霊相手にヒステリックに声を荒げるばかりである。 「恵那ちゃん、儂らを蔑ろにしないでおくれ」 「そうそう、恵那ちゃんが儂らの最後の希望なんじゃ」  ――最後の希望。  そう、誰からも認められない霊は、私が見なければ、消えてしまう。  成仏するならそれで良いけれど、――そうでもないらしい。 「私達だって、浮遊して人様に迷惑なんて掛けたくないわ」  何でも盆に帰ってきたと思ったら、不信心が原因で帰れなくなったのもいるらしい。  だから、本来成仏してるご先祖様も、ここにいるのだ。  私が無視し続けたら、彼らは成仏することも出来ず、何処かに行き、他人に迷惑を掛けてしまう。  ――それは嫌だ。自分の先祖がそんな扱いになるのは嫌だ。  ――でも、煩い。集中なんて出来たもんじゃない。電車の方がまだ静かだ。  これで私が鬱になったら、共倒れだ。 「分かった、分かったから! でも、私は大学に行きたいの!」  これと言った目的は、実はない。  でも、皆行くなら行きたいし、進学した方が絶対将来の為になるはずだ。  その為には、この問題を解けるようにしないと駄目なんだ。 「ふむ、勉強熱心は感心感心。どの問題が大変なんじゃ?」  先祖の一人が、声を掛け、勝手に問題集を覗いた。 「ほほーん。こんな問題は、こう解くんじゃよ」 「え――」  対数――。  ログの定義、性質、底の変換公式をすらすらと――。  複素数――。  剰余の定理、高次方程式の解の公式もすらすらと――。 「え、え、え――?」  私の口から感嘆が流れ出る。 「数学以外はあれじゃのう――、誰かおらんか」  先祖達が呼応する。 「そうだなぁ、歴史なら任せろ。東亜同文書院の矜持を見せちゃるわ」 「英語なら、占領軍と折衝したこともあるから、教えられるわよ」  皆、好き勝手に得意科目を言い合う。  これは――、ひょっとすると――。 「答えは教えてやらんが、手伝ってやらん事もないぞ。ただ、仏壇と神棚、墓前に供え物をちゃんとしてやってくれ」 「子孫のお父さん、お母さんにもよろしくね」 「――あ、はい」 「急にしおらしくなったな。まぁ、――これからもよろしく頼む」  ――私の苦労はまだ終わりそうにない。
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