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職場
ようやくお昼のチャイムが鳴った。PCが強制停止し、「休憩時間」と表示される。
僕がお弁当を開けていると、横からのぞきこむ人がいた。
「あ、ハートマーク! いいねぇ新婚さん、アツアツだね!」
「先輩、口調が昭和のオヤジですよ……てか」
僕は短いため息を間にはさむ。
「これ僕が作ったやつです」
先輩は「へえ!」と言って、まじまじと中身を見つめる。
唐揚げに卵焼き、ひじきの煮物、あざやかなミニトマト、ブロッコリー。ごはんの上には桜でんぶでハートが描かれている。
「上手だね~!
でもなんでそんな暗い顔してるの」
「愛莉……あ、妻にお弁当作ろうと思って早起きしたんですけど……」
「妻」と言ったのに自分で照れつつ、僕は今朝の出来事を思い出す。
朝5時。隣で眠る愛莉に気づかれないよう、僕はそっとキッチンに立った。ひじきを水でもどし、唐揚げに下味をつける。
手軽に出来あいのものが買える今、料理が作れるのは一種のステータス。僕の強みだ。掃除も裁縫も得意。
そう、ミナトがいなくたって、僕は愛莉としっかり生きていけるのだ。
妄想が広がる。サプライズで愛莉に弁当を作って、手渡しする僕の姿。
「わぁ、ありがとう! さすが圭君! 自慢の旦那様ね!」
そしてぎゅっと抱きつかれる。ハンカチを噛んで悔しがるミナトを置いてけぼりに、いい雰囲気になって、そして……。
「お肉が揚がりました」
突然、機械音声が割って入った。慌てて唐揚げを取りあげる。
時計を見ながらおかずを次々作って、合間に朝ごはんも作る。手際の良さにうっとりしながら、幸せな時間が過ぎていった。
6時半。ミナトと愛莉がそれぞれ部屋から出てきた。
「おはよ……いいにおいするね」
「朝ごはん作ったよ!」
「ホント? ありがとう」
「あと、これも!」
お弁当の包みを愛莉の前に差し出す。びっくりして目を丸くする僕の奥さん。
「お弁当作ったんだ!
今日もお仕事がんばってね!」
にっこりして、愛莉が抱きついてくるのを待つ僕。
が、しかし。
5秒、10秒……リビングに沈黙が下りる。不思議に思って愛莉を見ると、困ったような顔でお弁当を見つめている。
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