盗まれた薬

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盗まれた薬

 俺はスパイ008(ダブルオーエイト)。  常に冷静沈着、敵の裏を読み、情報を盗み、「最強」と呼ばれていた。  だが、それも過去の話。  引退した俺は莫大な報酬を手に、余生を悠々自適に過ごそうとしていた。  少なくとも、妻に早朝からたたき起こされる未来は想定外だった。 「フレッド起きて!」  ガクガクと揺さぶられ、俺はうっすら目を開けた。 「ふぁ? なんだい……まだ暗いじゃないかハニー、今何時?」 「5時よ! いいから起きてダーリン!」  妻、ナタリーの声が頭に響く。 「揺さぶらないでくれ、昨夜のチキンが出てきそうだぜ……うぇっぷ」 「また寝る前にチキン食べたの! じゃなくて、ほら!」  彼女は俺の顔を両手でつかみ、グイッと部屋の(すみ)に向けた。  そこには、割れた窓ガラスに、倒れたサイドテーブル。散乱したスナックの袋、コーラの3Lペットボトル。  俺は天井を仰いだ。昨夜は映画を見ながら寝落ちしたようだ。 「すまないハニー、なんで窓が割れているのかわからないけど、すぐ片付けるから」 「そこじゃないわよダーリン!」  妻はビシッ! と一点を指さした。  その先に、空のピルケースがあった。 「あなたの大事な薬が盗まれたのよ、フレッド!」
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