奥様はスパイ

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奥様はスパイ

「ベッドの下に落ちたんじゃないか?」  しゃがもうとした俺だったが、 「ぐぅ」  腹の肉がつかえて無理だった。  前はあの下に(ひそ)むこともできたのに。 「窓を割られたのに気づかなかったの?   元敏腕スパイさん?」 「すまない。  だが安心してくれハニー!  薬はなくなったが、俺は無事だ!」  俺はバッ! と両手を広げる。  しかし妻は胸に飛び込んできてはくれなかった。 「そうね。  さ、片付けてちょうだい」 「はい」  俺は素直に従った。寂しい……。  妻は電話をかけた。 「ナタリーよ。コードG7を発動。飛行機の手配を」  スナック袋をゴミ箱に捨てた。瞬間、いいにおいがしてよだれをぬぐう。  棚に同じ物があるけど、今食べたら怒られるだろうな……。  妻に目をやる。  長い栗色の髪、美しいブルーの瞳に、赤い口紅、抜群のスタイル。ライダースーツ姿なのは、任務帰りだからだろう。  ナタリーは現役のスパイだ。  出会った頃、まだ彼女は十代だった。 「お願いです、あなたのお手伝いをさせてください、なんでも覚えます!  連れて行って!」  潤んだ瞳で訴えてきた時は可愛かった。言われるまま結婚もした。  だが俺の引退後に組織入りした彼女は、今やNo.1エージェント。野の花が大輪の薔薇に生まれ変わったようだ。  掃除が終わった。  残念だか薬はなかった。  俺は両手をパンパンとはらう。 「ごらん、全て片付いた。俺にかかればこんなもんだ。  報酬のキスをもらえるかな、ハニー?」  通話を終えた妻は俺の言葉をスルーして「手を洗ってらっしゃい」と言った。
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