奥様はスパイ

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 その後すぐ、某高級車で俺達はアジトを脱出し、飛行場に向かった。  どうしてこんなことになったのか。  すべては、薬を頼んだのが始まりだった。  先月、俺は組織の研究開発担当のRを呼び出した。公園のベンチに座り、よそを向いて声をかける。 「久しぶりだな、R」 「お前……008か!? え、どしたのその腹」  驚かれるのも無理はない。  現役時代は体脂肪率10%を切る彫刻のような体をしていた。だが。 「今何kgあるんだ」 「120だったかな」  Rは深いため息をついた。 「落ちぶれたもんだな、俺達の憧れがなぜこんなことに……。それで、用件はなんだ」  俺は汗をタオルで拭いた。 「この脂肪をどうにかしてくれないか。  妻からの小言がきついんだ」  俺は新聞を無造作に投げ出した。下には人間ドックの結果を忍ばせている。  Rはさり気なく拾い上げてデータを確認し、うなった。 「ひでぇな。再検査のオンパレードじゃねぇか。原因は何だ」 「嫌気が、さしたんだよ」  俺は打ちひしがれる。現役の頃はひどい食生活だった。肉、野菜、プロテイン、栄養補給のゼリー、潜伏中は数日水のみで過ごしたこともある。 「引退して好き放題過ごしていただけなのに……」  俺は腹を叩く。ぽん、といい音がした。 「……昔は哀愁漂うイケメンだったのに、見てるこっちが悲しくなってくるな」 「頼む! 痩せる薬を作ってくれ」  Rはしばし考えていた。 「高くつくぞ。10万ドルだ」 「10万!?」  金には困っていない。しかし日々、Lサイズ20ドルのピザで生きている身としては、 「高くない?」と言うほかなかった。 「脂肪吸引なら手軽な値段でできるぞ」 「ヤダ手術コワイ」 「運動は?」 「楽して痩せたい」 「……ボディだけでなく口もワガママだな」  Rは呆れている。 「昔のよしみで安くならない?」 「無理だ。レアな原料を使って、お前専用の調合をするんだ。世界に一つの貴重な薬だからな」 「効果あるんだろうな」 「しばらく寝込むしトイレと仲良くなるが、結果は出すぜ」 「……わかった」  手違いで妻へと見積書が届き、ひどく怒られたのがつい1週間前の話だ。  そしてその薬が昨夜遅く届き……盗まれたのだった。
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