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手術の同意書や、入院に関する書類などを提出し、次にベッドに横になってお腹に赤ちゃんの心音を確認するための分娩監視装置を腹部につける。
ゆっくり深呼吸をしながら赤ちゃんの心音を聞くなんて、今回の妊娠では初めての時間かもしれない。規則正しく優しい音に、智絵里の心は安心感に浸っていく。
しかしその時、急に別の音が入り込んだ。同じように規則正しい音だけど、その度にお腹が震える。智絵里は思わず吹き出した。
「やだ、しゃっくりしてる?」
今までお腹で感じたことはあっても、音で聞くのは初めてだった。嬉しくなった智絵里は、震えるお腹をスマホで録画しながら、しゃっくりの音も録音していく。
この子の、この音をお腹越しに聞くのはきっとこれが最初で最後。なんて大切な一瞬だろう。
そう思った時、今度は激しく動く音がして、先ほどまでの心音が聞こえなくなってしまった。するとドアを開けて入ってきた看護師が、智絵里のお腹を触りながらクスクス笑う。
「赤ちゃん、どこかに行っちゃったみたい。きっと三人目だから子宮が大きくて、どこへでも移動出来ちゃうのね」
「そんなに動いてますか?」
「あら、感じない? だってさっきまで逆子ちゃんだったのに、今は頭が下になってるもの」
「そうだったんですか……」
「きっとまた動いちゃうかもね。それだけ元気なのね」
普段は悪阻や体調が悪いことに加え、上の娘たちに気を取られてしまって、なかなか赤ちゃんのことだけを考えてあげられなかった。
体は一緒にいるのにね……。なかなか赤ちゃんのことだけを考えてあげられなくてごめんね。
きっと退院したらまた忙しい日々が始まってしまう。だから今だけは、あなたが私のお腹にいる今日だけは、二人だけの時間を大切にしなきゃ。
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