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* * * *  麻酔科の先生から明日の手術の説明を受けるため、説明室へと呼ばれた。エレベーターで手術室のある階まで降りる間も、心の中の不安は消えようとしない。  扉を開けて中に入るとそこは小さな個室で、机と椅子が置かれており、既に麻酔科医の女性が座って待っていた。 「お名前をお願いします」」 「篠田(しのだ)智絵里です」 「篠田さんですね。明日麻酔科医として手術に入ります吉田(よしだ)です。よろしくお願いします」  吉田は微笑むと、手元にあった明日の麻酔についての説明を進めていく。三度目とはいえ、七年ぶりとなると前回の記憶はほとんどないに等しかった。  帝王切開は脊椎(せきつい)の近くに局所麻酔を打ち、意識のある状態での手術になる。見えないとはいえ、自分のお腹が切られていると考えるだけで、いつも恐怖心が増幅してしまうのだった。  だが今回は少し違った。説明を受けながら、何故か少しずつ落ち着いていく自分がいた。吉田の説明がわかりやすかったこともあるが、彼女の言葉には信頼出来る力強さがあった。まずは母体を優先すること、そして状況によっては全身麻酔に切り替えること。 「不安ですよね。でも私たちがついてるし、信頼出来る先生たちだから」 「そうですね……今は信じるだけです。明日はよろしくお願いします」 「えぇ、一緒に頑張りましょうね」  再びエレベーターに乗って個室に戻ると、部屋にはいい香りが漂っており、テーブルの上に美味しそうな夕食のトレーが置かれていた。  食べられるかな……不安げに少しずつ口に含むと、不思議ときちんと食べられた。  やっぱり家にいるとやることが多いし、子どもたちからのママコールが止まないから、負担がかかっていたのかもしれない。  久しぶりにゆっくりと味わって食べる夕食。明日は絶食、明後日の朝からしばらくは消化しやすい飲み物みたいな食事になるだろう。だけどその後からは好きなものが食べられるようになるかな……期待に胸が膨らむ。  食事を終えトレーを持って廊下に出ると、食器を片付けて部屋に戻る。それから洗面所で歯を磨くと、鏡に映った大きなお腹をそっと撫でる。  明日には会えるんだねーーあなたはどんな子だろう。誰に似てるかな? お姉ちゃんたちと仲良く出来るかしら?  不安は大きいが、それ以上に希望もある。  今日がこの子と一つでいられる最後の日。明日には家族が一人増えるんだ。  ベッドに横になると、スマホに恭介と娘たちからの応援動画が届く。再生するたびに、家族の温かさを感じて安心した。  こんなに応援してくれる人がいる。この子の誕生を心待ちにしている人たちがいる。  智絵里は胸がいっぱいになり、そのまま眠りについた。
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