1

1/3

52人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

1

 産科病棟の個室は広くて明るい。ここの病棟に入院するのはこれで三度目だったが、何回来てもそう感じた。  白くて清潔感のある壁紙、ベッド横の大きな窓、そしてベッドを囲うように取り付けられた優しいベビーピンクのカーテン。  智絵里(ちえり)は大きなお腹を押さえながらベッドに座ると、ふうっと息を吐いた。 「荷物ここに置くよ」  夫の恭介(きょうすけ)が窓の前に置かれたソファにキャリーバッグを載せると、眼下に広がる景色に頬を緩める。 「まさかここに三回も入院するとは思わなかったな」 「しかも三回とも同じ部屋。でも七年ぶりだし、ちょっと緊張する……。あぁ、またお腹を切るだなんて恐怖しかないんだけど!」  恭介は肩を落として俯いた智絵里の隣に腰を下ろすと、そっと肩を抱き寄せた。 「まぁ怖いよな。俺だってお腹を切るなんて、想像しただけで失神しそうだよ」 「……それを三回もやる私の身になってよ。男っていいわよね、妊娠中の苦しさも、出産後の大変さも経験しないんだから」 「本当にね。代われるものなら代わりたいけど、それはさすがに無理だからね。その代わり、智絵里が入院中は俺が家を守るから安心していいぞ!」 「うん……あまり期待しないでおく。その方が、出来ていた時の喜びが倍増しそうだから」  智絵里は恭介の肩に体重を預け、目を閉じた。  最初の出産の時に子宮筋腫がみつかり、この総合病院に転院した。しかし臨月になっても逆子がなおらず帝王切開での出産になった。そのため次の出産も同じように手術をし、今回もその運びとなったのだ。 「明日には産まれてくるんだもんな。命って本当にすごいよなぁ」 「でもここまでお腹の中で育てるの、今までで一番苦しかったかもしれない。今もずっと悪阻(つわり)だし、寝てたら息が出来ないし、なのにお姉ちゃんたちは甘えてくるし、学校行事も参加しなきゃいけないし……。好きなものを食べても吐かない、自由に歩き回れる体に早く戻りたい」 「あはは、そうだよな。とりあえずあと一日だし、また手術の前に間に合うように来るから。今夜は子どもたちもいないしゆっくり休めるといいね」  確かに。普段なら同じベッドに二人の娘たちが一緒に眠っているため、足や手が飛んでくるし、寝言にいびきも大音量。トイレも近く、深い眠りとはかけ離れた生活だった。ゆったり一人で眠るのはいつぶりだろう。  家に帰る恭介を見送ると、途端に部屋が静まり返った。    しかし入れ替わるように看護師の女性が入ってきて、パジャマに着替えるように指示をされ、今度は明日の手術に向けての準備が(せわ)しなく始まるのだった。  
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加