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花火大会開始まではまだ小一時間あるが、地下鉄や周囲には、すでに浴衣姿の若い子や親子連れの見物客がパタパタとうちわを扇ぎながら会場へ向かって歩いている。
青、赤、黄色、ピンク…大輪の花や小花を咲かせた浴衣や明るい色の帯、それからカランコロンと心躍る下駄の音。
今日は黙っていてもじっとり汗をかく真夏日だが、この日の為に用意した浴衣を着ないという選択肢は彼女らにはないのだろう。
俺は、待ち合わせのコンビニのイートインでアイスコーヒーを飲みながら、楽しげな人々の往来をぼんやりと眺めた。
「トムくん、早いねー?」
俺は肩をポンと叩かれて振り返ると、そこには涼しげなアイボリーのシフォンワンピースにカゴバッグを持った深月さんが立っていた。
「おう…」
俺は深月さんの浴衣姿を期待していたので、深月さんを見た時に、ガッカリした気持ちが顔に出ていなかったか心配になる。
「仕事が切り上げられなくて、着付ける時間なくなっちゃって…」
深月さんは眉を下げて、力無く笑った。
「そっか…残念だったね…でも暑いし、そのワンピースの方が涼しくて良いんじゃない?」
浴衣で行くことを楽しみにしていたのを知っていたので、気休め程度ではあるが、俺は慰めの言葉を送る。
「トムくんは優しいね……」
深月さんは少しだけ憂い顔で、小さくそう言った。
後半はハッキリとは聞こえなかったが「誰かさんとは大違い」と聞こえた気がしたのは、幻聴だろうか。
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