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朝、満員の電車に乗れず。
走りゆく車両に背を向けて。
さっき通ったばかりの改札を再びくぐる。
いつもそうだ。
家を出ても、学校に行く気になれなくて、フラフラと遊び歩く。
今日は何をしようか。
そう視線をさまよわせ、ふと、目についた。
フェンスを飛び越える、自分と同じ年頃の少年。
パーカーとジーンズ。
顔はよく見えないが、背は小さく線も細い。
中学生くらいだろう。
ああして改札を通らずに電車に乗ろうとする人の存在は知っていた。
電子チップを脳に入れず、そのために国民IDも持たない人。
ID認証を要する全ての社会活動から除外された人。
加速する電脳世界から取り残された人。
反電脳主義者。
気づいたらそいつを、追っていた。
器用に監視カメラを避けて歩き、フードで顔を隠して電車に乗り込んでいく。
新首都方面とは逆。
海岸線へ出る古い線だ。
車両の中を見渡す。
みんな目を閉じたり俯いたりしている。
電脳空間で音楽を聴いたり、ニュースを観たりしているのだろう。
誰も窓の外など見ない。
誰も、夏の雲など見ていない。
ネットワークに繋がっていない、オフラインのあの少年だけが、窓の外に広がる海に目を奪われていた。
速度の出ない旧型車両に60分以上揺られ、たどり着いたのは海辺の終着駅だった。
気づけば、誰もいなかった。
彼と。
自分以外。
さびれたホームに降りて。
目が合った。
まずい。
視線を逸らすのも間に合わず。
見つかった。
後ずさるのも。
遅すぎた。
「誰だ」
驚くべき速さで近づいた。
その少年に。
腕を掴まれ。
逃げられなかった。
腕を振り払おうとしたが。
恐ろしい握力に。
どれほど腕を振っても離れない。
「なんで俺を追ってきた」
「たまたまだよ」
フードの奥の目が鋭く光る。
嘘などお見通しだということか。
「興味本位で尾けたのは悪かった。
気になったんだよ」
「気になったらつけ回すのか」
腕が。
痛い。
「と」
痛い。
「友だちに、なりたくて」
ひどい、嘘だった。
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