2人が本棚に入れています
本棚に追加
3
“トアル”は、ユーグの最高傑作だった。
よりニンゲンらしい人工知能の開発のため作った実験体。
特別な記憶システムで、データ容量が満たされることはなく、ほぼ無限に憶え続けることができる。
ニンゲンは、一度見聞きしたことはずっと覚えている。
忘れたと思うことも、思い出せないだけなのだ。
そのシステムを搭載した機械身体を動かして、ニンゲンのフリして街を歩くのも、実験の一環だ。
天気の良い午後。
今日も早い時間からいるのではないかと推測して、駅前広場に向かえば。
「やっぱり」
ガッコウ指定のカバンを足元に転がして、そいつは広場のベンチで空を見上げていた。
同じ街に住む中学生。
名はシノノメ。
知っているのはそれだけだ。
数ヶ月前、トアルが無賃乗車するのを見つけて、興味本位で尾行してきた。
向こうも、トアルを同類と思っているのだろう。
時々こうして、約束もせず互いを見つけて、遊び歩く。
それも、トアルにとっては実験のため。
熱気を湛えた海風が、フードを飛ばす。
出会った日のように無賃乗車して、海まで来ていた。
「シノノメは、ガッコウ行かないのか」
出会った日もそうだった。
ガッコウが嫌いなのか。
「…俺の親、
電子脳チップの過負荷に脳をやられて、
ずっと入院してるんだ」
誰もいない。
船着場の桟橋を歩く。
「ガッコウじゃ、知りたいことは全部、
“この検索エンジンを使ってください”だ。
何も考えるな、何も知るなって、
そう習ってるようなもんだ」
電子脳チップによって、莫大なデータへのアクセスが可能になり、演算処理を外部のプログラムに代替させることに成功した。
ニンゲンは、憶えることも、考えることも必要としなくなった。
外付けの新たな知性を手に入れたのだ。
「それが、こわい」
ものごころつく前に埋め込まれた異物が、いつか自分を飲み込むのではないか。
「自分で見て、聞いて、考えたいんだよ。
AIが出す最適解なんかに従いたくない」
桟橋の終わり。
足を止める。
ユーグを思い出した。
あのひどいクマと、無表情。
確かに加速する電脳システムのせいなのかもしれない。
「俺の親はハッカーで、
いっつも電脳世界にいる。
危ないこともしてる」
「…お前オフラインだから、
親は反電脳主義者かと」
「違う…」
シノノメが、振り返る。
目が合う。
汗が流れる。
「危ないことって何。
犯罪者なのか。
そういう奴らが作ったウイルスのせいで、
父さんも、母さんも」
近づいてくる。
「シノノメこそ反電脳主義者だったのか?」
「違う!
チップも入ってるさ。
国の電脳システムに管理されてる。
電車にも乗れて買い物もできる。
この社会に囚われてる。
お前みたいに自由じゃない!」
手に持ったペットボトルを投げる。
「お前はなんなの、トアル」
初めて向けられた目だった。
最初のコメントを投稿しよう!