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“トアル”は、ユーグの最高傑作だった。 よりニンゲンらしい人工知能の開発のため作った実験体。 特別な記憶システムで、データ容量が満たされることはなく、ほぼ無限に憶え続けることができる。 ニンゲンは、一度見聞きしたことはずっと覚えている。 忘れたと思うことも、思い出せないだけなのだ。 そのシステムを搭載した機械身体を動かして、ニンゲンのフリして街を歩くのも、実験の一環だ。 天気の良い午後。 今日も早い時間からいるのではないかと推測して、駅前広場に向かえば。 「やっぱり」 ガッコウ指定のカバンを足元に転がして、そいつは広場のベンチで空を見上げていた。 同じ街に住む中学生。 名はシノノメ。 知っているのはそれだけだ。 数ヶ月前、トアルが無賃乗車するのを見つけて、興味本位で尾行してきた。 向こうも、トアルを同類と思っているのだろう。 時々こうして、約束もせず互いを見つけて、遊び歩く。 それも、トアルにとっては実験のため。 熱気を湛えた海風が、フードを飛ばす。 出会った日のように無賃乗車して、海まで来ていた。 「シノノメは、ガッコウ行かないのか」 出会った日もそうだった。 ガッコウが嫌いなのか。 「…俺の親、  電子脳チップの過負荷に脳をやられて、  ずっと入院してるんだ」 誰もいない。 船着場の桟橋を歩く。 「ガッコウじゃ、知りたいことは全部、  “この検索エンジンを使ってください”だ。  何も考えるな、何も知るなって、  そう習ってるようなもんだ」 電子脳チップによって、莫大なデータへのアクセスが可能になり、演算処理を外部のプログラムに代替させることに成功した。 ニンゲンは、憶えることも、考えることも必要としなくなった。 外付けの新たな知性を手に入れたのだ。 「それが、こわい」 ものごころつく前に埋め込まれた異物が、いつか自分を飲み込むのではないか。 「自分で見て、聞いて、考えたいんだよ。  AIが出す最適解なんかに従いたくない」 桟橋の終わり。 足を止める。 ユーグを思い出した。 あのひどいクマと、無表情。 確かに加速する電脳システムのせいなのかもしれない。 「俺の親はハッカーで、  いっつも電脳世界にいる。  危ないこともしてる」 「…お前オフラインだから、  親は反電脳主義者(ナチュラリスト)かと」 「違う…」 シノノメが、振り返る。 目が合う。 汗が流れる。 「危ないことって何。  犯罪者なのか。  そういう奴らが作ったウイルスのせいで、  父さんも、母さんも」 近づいてくる。 「シノノメこそ反電脳主義者(ナチュラリスト)だったのか?」 「違う!  チップも入ってるさ。  国の電脳システムに管理されてる。  電車にも乗れて買い物もできる。  この社会に囚われてる。  お前みたいに自由じゃない!」 手に持ったペットボトルを投げる。 「お前はなんなの、トアル」 初めて向けられた目だった。
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