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4
ひどい嘘だった。
友だちになりたいだなんて。
勝手に反電脳主義者だと思っていた。
電子脳チップのないあいつが、自分を知らない世界に連れて行ってくれる気がしていた。
勝手に期待して、幻滅しただけだった。
「お前はなんなの、トアル」
伸ばした手が、振り払われる。
「いたっ!」
硬い音。
ひどく硬い音だった。
その音に、トアル自身も動揺したようだった。
逃げようとして。
「待て!」
痺れる手で。
今度こそ掴んで。
振り払うのを躊躇したあいつは。
逃げ惑って足を踏み外した。
「トアル!」
一緒に重力に引かれて。
真っ逆さまの転落。
何もできないまま。
すぐ下の海面に叩きつけられる。
冷たい。
肺の空気が押し出される。
沈んでいく。
自分が吐く泡の向こう。
掴んだ腕を揺らす。
沈んでいくだけ。
息がもたない。
引っ張ろうと水を蹴る。
一緒に沈んでいく。
「シノノメ」
声が聞こえた。
水中なのに。
思わず止まった。
「俺は、大丈夫だから」
青い水の向こうで、トアルが笑った。
何を言ってる。
泡を吐くこともなく。
なぜ。
喋ることができる?
首を振って、あいつの腕をもう一度引いた。
ゆるやかな重力に引かれるだけ。
トアルは困った顔をして。
俺が掴んでいた、トアルの腕が。
突然。
ちぎれた。
「…ト…!」
最後の息を吐き出した。
トアルの右腕を掴んだまま。
水面へ昇る。
トアルは、どこまでも落ちていく。
どうやって帰り着いたのか。
多分、電脳省勤めの叔父が、いつまでも帰らないのを心配して、防犯ネットワークを使って探し出したのだろう。
何も聞かなかったのは、叔父の優しさだろうか。
それとも、その電脳を駆使して全て知っていたからだろうか。
気づくと家のリビングで、目の前に水の入ったコップを差し出されていた。
そしてそれを受け取ろうとして。
今の今まで、その手に握り続けていたことに気づいたんだ。
トアルの。
右腕。
「ひ…」
ガチャン
落としたそれは、硬い金属の音がした。
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