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5
海水の冷たさに、センサー類が狂っていく。
遠い水面がキラキラと。
手を振っている。
こんなに澄んでいるのか。
どうしよう。
俺。
このまま沈んだままなのかな。
いつまで。
「誰か…!」
叫んだ。
水が。
肺に流れ込む。
苦しい。
なぜ。
俺には肺なんてない。
空気なんて必要ないのに。
何で。
水面の上を。
一羽の鳥が。
横切った。
***
瞼を開ける。
朝だろうか。
カーテンが閉まっている。
薄暗い。
隙間から差し込む日差しが、天井に鋭角なラインを描いている。
身体が重い。
うつ伏せだ。
首の動きが硬い。
眼球を回す。
滑りが悪い。
2125年…7月…30日。
午後5時…42分。
おかしい。
28日と29日の記憶が全くない。
タイムレコードが飛んでいる。
最後の記憶は…
「シノノメ!」
飛び起きた。
「ぐえっ!」
うなじに繋いだコードが引っかかって倒れる。
手をつこうとして。
右腕が。
肘から先がない。
立ちあがろうとして床に倒れ込んだ。
関節が固まっている。
人工筋肉の反応が悪い。
平衡感覚センサーが鈍い。
言うことをきかない身体を引きずって。
ない右腕にバランスを取られながら。
壁伝いに何とか階下に降りると、家主とその仕事仲間のレンがいた。
「トアル、動けるか」
レンが気づいて立ち上がる。
手を伸ばす。
その手に掴まろうとして、右腕が。
肘から先がないので、届かない。
「何とか」
諦めたトアルを見て、レンはもう一歩踏み出し、トアルの肩を掴む。
「座れ」
食事の途中だったらしい。
中華麺の容器が2つ。
彼がトアルを連れ帰ったのだろう。
いつも電脳世界を飛び回るユーグに代わって、現場へ出る役回りなのだ。
「調子は?」
「全身のセンサー感度が悪いし、
バネも、関節も軋む」
「海水に浸かったせいだな。
その躯体は密輸品だから、
そう簡単にメンテに出せないって」
この身体は、人工生命体研究の盛んなユーロ圏の製品だと聞いたことがある。
「いいよ、すぐ慣れる」
「ほんと気をつけろよ。
バックアップは無いんだから、
その身体が死んだらお前のデータも全部消滅。
死ぬのと一緒なんだからな」
「分かってる」
ユーグを振り返る。
会話に入らず、目を閉じている。
電脳世界を見つめているのだろう。
「ユーグ、シノノメは?」
呼ばれてユーグはようやく目を開けた。
「見つけた」
ひどく苦い顔をしていた。
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