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海水の冷たさに、センサー類が狂っていく。 遠い水面がキラキラと。 手を振っている。 こんなに澄んでいるのか。 どうしよう。 俺。 このまま沈んだままなのかな。 いつまで。 「誰か…!」 叫んだ。 水が。 肺に流れ込む。 苦しい。 なぜ。 俺には肺なんてない。 空気なんて必要ないのに。 何で。 水面の上を。 一羽の鳥が。 横切った。 *** 瞼を開ける。 朝だろうか。 カーテンが閉まっている。 薄暗い。 隙間から差し込む日差しが、天井に鋭角なラインを描いている。 身体が重い。 うつ伏せだ。 首の動きが硬い。 眼球を回す。 滑りが悪い。 2125年…7月…30日。 午後5時…42分。 おかしい。 28日と29日の記憶が全くない。 タイムレコードが飛んでいる。 最後の記憶は… 「シノノメ!」 飛び起きた。 「ぐえっ!」 うなじに繋いだコードが引っかかって倒れる。 手をつこうとして。 右腕が。 肘から先がない。 立ちあがろうとして床に倒れ込んだ。 関節が固まっている。 人工筋肉の反応が悪い。 平衡感覚センサーが鈍い。 言うことをきかない身体を引きずって。 ない右腕にバランスを取られながら。 壁伝いに何とか階下に降りると、家主とその仕事仲間のレンがいた。 「トアル、動けるか」 レンが気づいて立ち上がる。 手を伸ばす。 その手に掴まろうとして、右腕が。 肘から先がないので、届かない。 「何とか」 諦めたトアルを見て、レンはもう一歩踏み出し、トアルの肩を掴む。 「座れ」 食事の途中だったらしい。 中華麺の容器が2つ。 彼がトアルを連れ帰ったのだろう。 いつも電脳世界を飛び回るユーグに代わって、現場へ出る役回りなのだ。 「調子は?」 「全身のセンサー感度が悪いし、  バネも、関節も軋む」 「海水に浸かったせいだな。  その躯体は密輸品だから、  そう簡単にメンテに出せないって」 この身体は、人工生命体研究の盛んなユーロ圏の製品だと聞いたことがある。 「いいよ、すぐ慣れる」 「ほんと気をつけろよ。  バックアップは無いんだから、  その身体が死んだらお前のデータも全部消滅。  死ぬのと一緒なんだからな」 「分かってる」 ユーグを振り返る。 会話に入らず、目を閉じている。 電脳世界を見つめているのだろう。 「ユーグ、シノノメは?」 呼ばれてユーグはようやく目を開けた。 「見つけた」 ひどく苦い顔をしていた。
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