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液晶モニタに映す。
人のいない駅の防犯カメラの映像。
ちぎれた腕を持って立ち尽くす、少年の姿。
「あの駅だ」
海岸線への終着駅。
カメラの位置は知っているはずだ。
わざと映っている。
「行かないと」
録画じゃない、ライブ映像だ。
「罠だ。
お前を誘ってるんだよ。
裏にいるのは電脳省か、
それとも反電脳主義者の過激派か」
「あいつは違う」
電脳システムを憎んでいた。
反電脳主義者じゃないとも言った。
「むしろこんな映像に、
電脳省も過激派も無反応なわけない。
早くやめさせないと」
立ち上がる。
「お前の存在が電脳省にかぎつけられる。
止まれ」
「嫌だ」
ユーグはため息をついた。
言うことをきく気はないと分かったのだろう。
「レン」
呼ばれたレンが。
いきなり左腕と背中を掴んだかと思うと。
テーブルに押し倒した。
「いっ!」
硬い金属音。
中華麺の容器がひっくり返る。
箸が転がる。
前頭部を強く打った。
その。
首筋に。
コードを差し込まれる。
「嫌だ!」
ユーグの電脳操作が侵入してくる。
「入ってくるな…!
ユーグ、やめろ!」
身体が脱力する。
瞼が重くなる。
コントロールを奪われていく。
ユーグはトアルを。
T200-ALを、強制停止した。
***
逃げて。
追い詰められて。
桟橋の先端で。
立ち止まる。
追って来たユーグは、息も切らしていない。
さすが天才ハッカーというところか。
トアルのシステムの世界を易々と支配する。
陽が暮れていく夜の海。
生ぬるい風が吹く。
真っ黒い海面を見ながら。
「これも実験?」
「…実験は終わりだ」
その一言に、世界が壊れ始めた。
空が。
崩れていく。
データが消去されていく。
「待ってユーグ!
俺は何のために作られたの!」
桟橋が崩れる。
その時。
一羽の鳥が、頭上を通り過ぎて行った。
「あの鳥は…?」
トアルのシステムじゃない。
ユーグの支配の外にいる。
なぜそんなものがある。
気づいた時には遅かった。
「いつの間に…」
ユーグは、トアルの中に隠れていたウイルスに、飲み込まれた。
水飛沫と身体感覚アラートがおさまると。
海の底にいた。
砂の上に立っている。
微かな流れに髪が揺れる。
「誰?」
黒いロングコートの少女が立っていた。
「…あんたを知ってる気がする」
「会ったことあるよ。
こうして海の底でね。
記憶は消したけど」
「そんなこと」
「私はウイルスAI。
手を貸してあげるよ。
夢をみるAI」
トアルと同じ顔をしている。
「私も同じ。
いや、君のプロトタイプだから。
ユーグが、私の遺伝子から勝手に君を作った」
「夢って…?」
「メイセキムを知ってるか?」
迷?責務?
「明らかで、晰らかな、夢」
「明晰夢」
「夢であることに気づきながらみる夢」
「…それは、今の、これのこと?」
「そう。
そして、
夢だと知らなかった夢が、
あるだろう?」
***
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