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6
月明かりのホーム。
遠くに波の音がする。
そこに混じる微かな足音。
「来たのか」
「うん」
「やっぱり生きてた」
「生きてるのかな」
「…返す」
放られた腕を受け取って、接続し直す。
知覚センサーが作動する。
運動制御が戻る。
握って開いてを繰り返す。
異常なし。
トアルは、腕から視線を上げる。
その渇いた目でシノノメを見る。
「俺、人工生命体なんだ。
AIを載せた機械なんだよ」
「待て」
カメラを見上げる。
「電脳省が見てる。
逃げるぞ」
「えっ何で」
「いいから!」
つけたばかりの右腕を引っ張って。
ホームを後にする。
「なんで電脳省が?」
「俺の叔父だ。
役人なんだよ」
「おもいだせない」
「言ってなかった」
人の声がして、ビルの影に隠れる。
「俺は、
じっけんのために、
作られたんだ…」
「今そんな話」
「俺みたいなのが、
お前のかぞくを傷つけたのかな」
強制停止を破った時。
ユーグはぐったりしていて、レンがその心臓に手を当てて、必死に呼んでいた。
「俺が」
「黙れよ」
「でも」
鉄の非常階段を上がる。
追ってくる。
追われてる。
「電脳省だ!
そこの人工生命体、止まれ!」
「人工生命体ってバレてる」
「さっきお前が言ったんだろ」
「そうだっけ」
駆け上がる。
「止まれ!!」
銃声がした。
足元に硬い音が響く。
「撃ってきた?!」
「やめろよ、ニンゲンがいるんだぞ!」
「電脳化した奴は人間じゃない!」
さっきとは違う追っ手。
「今度は反電脳主義者か」
「お前釣りすぎ」
剥き出しの階段じゃ隠れられない。
窓の割れた隣のビルへ、先にシノノメを渡らせる。
「つかまれ!」
シノノメの伸ばした手を掴んだ時。
腹に衝撃が走る。
「トアル!」
痛覚センサーが極大値を示す。
撃たれた。
身体制御がきかない。
力が抜けて。
ずるりと身体が宙に浮く。
「落ちる!」
宙吊りになった。
掴んだシノノメの腕が、ミシミシと嫌な音を立てる。
この機械身体は重すぎる。
シノノメの肉体では支えられない。
胸に窓枠のガラス片がめり込んでいく。
「シノノメ、無理だ」
「おい、やめろよ」
何をしようとしているのか、分かってしまったらしい。
「お前がAIだなんて、信じてないから」
痛みに声が震える。
「お前はニンゲンだ」
ニンゲンだ。
その言葉に。
言うべき言葉を、思い出した。
「シノノメ、俺、夢をみるAIなんだって」
「は?」
あの時の、問いの答え。
「俺は機械だから、
飲み食いしないし吐きもしない。
熱中症にもならないし。
溺れることもないのに」
その記憶がある。
「全部、夢だった」
「トアル、お前は」
「夢の中で、俺、ニンゲンだった」
なぜだろう。
本当に笑いが込み上げてくる。
「…AIは夢をみないはずだろ」
「そうだよ、だから気づかなかった。
ずっと夢だと気づかなかったんだ」
記憶システムの、バグだと思ってた。
創造性。
無から有を生み出すチカラ。
ニンゲンだけに与えられた特権。
その、境界を超えた。
ニンゲンの種を脅かす、進化した存在。
「そんなもの、なりたくなかった」
ただ。
ニンゲンになりたかったんだ。
「やめろ…!」
また。
その腕を。
切り離して。
「トアル!!」
真っ逆さまに。
落ちていく。
宙を踊った身体は。
今度は重力に勢いよく引かれて。
そのデータごと。
地面にぶつかって。
壊れた。
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