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月明かりのホーム。 遠くに波の音がする。 そこに混じる微かな足音。 「来たのか」 「うん」 「やっぱり生きてた」 「生きてるのかな」 「…返す」 放られた腕を受け取って、接続し直す。 知覚センサーが作動する。 運動制御が戻る。 握って開いてを繰り返す。 異常なし。 トアルは、腕から視線を上げる。 その渇いた目でシノノメを見る。 「俺、人工生命体なんだ。  AIを載せた機械なんだよ」 「待て」 カメラを見上げる。 「電脳省が見てる。  逃げるぞ」 「えっ何で」 「いいから!」 つけたばかりの右腕を引っ張って。 ホームを後にする。 「なんで電脳省が?」 「俺の叔父だ。  役人なんだよ」 「おもいだせない」 「言ってなかった」 人の声がして、ビルの影に隠れる。 「俺は、  じっけんのために、  作られたんだ…」 「今そんな話」 「俺みたいなのが、  お前のかぞくを傷つけたのかな」 強制停止を破った時。 ユーグはぐったりしていて、レンがその心臓に手を当てて、必死に呼んでいた。 「俺が」 「黙れよ」 「でも」 鉄の非常階段を上がる。 追ってくる。 追われてる。 「電脳省だ!  そこの人工生命体、止まれ!」 「人工生命体ってバレてる」 「さっきお前が言ったんだろ」 「そうだっけ」 駆け上がる。 「止まれ!!」 銃声がした。 足元に硬い音が響く。 「撃ってきた?!」 「やめろよ、ニンゲンがいるんだぞ!」 「電脳化した奴は人間じゃない!」 さっきとは違う追っ手。 「今度は反電脳主義者(ナチュラリスト)か」 「お前釣りすぎ」 剥き出しの階段じゃ隠れられない。 窓の割れた隣のビルへ、先にシノノメを渡らせる。 「つかまれ!」 シノノメの伸ばした手を掴んだ時。 腹に衝撃が走る。 「トアル!」 痛覚センサーが極大値を示す。 撃たれた。 身体制御がきかない。 力が抜けて。 ずるりと身体が宙に浮く。 「落ちる!」 宙吊りになった。 掴んだシノノメの腕が、ミシミシと嫌な音を立てる。 この機械身体は重すぎる。 シノノメの肉体では支えられない。 胸に窓枠のガラス片がめり込んでいく。 「シノノメ、無理だ」 「おい、やめろよ」 何をしようとしているのか、分かってしまったらしい。 「お前がAIだなんて、信じてないから」 痛みに声が震える。 「お前はニンゲンだ」   ニンゲンだ。 その言葉に。 言うべき言葉を、思い出した。 「シノノメ、俺、夢をみるAIなんだって」 「は?」 あの時の、問いの答え。 「俺は機械だから、  飲み食いしないし吐きもしない。  熱中症にもならないし。  溺れることもないのに」 その記憶がある。 「全部、夢だった」   「トアル、お前は」 「夢の中で、俺、ニンゲンだった」 なぜだろう。 本当に笑いが込み上げてくる。 「…AIは夢をみないはずだろ」 「そうだよ、だから気づかなかった。  ずっと夢だと気づかなかったんだ」 記憶システムの、バグだと思ってた。 創造性。 無から有を生み出すチカラ。 ニンゲンだけに与えられた特権。 その、境界を超えた。 ニンゲンの種を脅かす、進化した存在。 「そんなもの、なりたくなかった」 ただ。 ニンゲンになりたかったんだ。 「やめろ…!」 また。 その腕を。 切り離して。 「トアル!!」 真っ逆さまに。 落ちていく。 宙を踊った身体は。 今度は重力に勢いよく引かれて。 そのデータごと。 地面にぶつかって。 壊れた。
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