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午前2時。『closed』の札を提げ、ドアを施錠する。宇都宮透は、カウンターに置いていた自分のために作ったドリンクを口にすると、掃除用のモップを手に取った。
黒服に後ろでまとめた長めの黒髪、180を少し超える身長の宇都宮は、若い雇われバーテンダーに見えなくもないが、ここでは『マスター』と呼ばれている。35歳という実年齢から考えると『マスター』は妥当なのだが、年齢を明かしたことはない。涼しげな目元と筋の通った鼻など端正な見た目のせいで、この街を歩けばすぐに声をかけられてしまう。
バー『invisible』は、宇都宮のために作られた店だ。夜の新宿、繁華街ど真ん中で、ひっそりと木金の週2日だけ1人で営業している。残りの5日は店名どおりの『見えない』仕様になっているらしいのだが、この街を離れている宇都宮の知るところではない。
そこまで至れり尽くせりならば、閉店後のこの作業も委託でお願いしたいものだ、と宇都宮は考える。モップをかけながら壁に隈なく目を走らせ、ゴミを集めて中味を注意深く確認した後、ゴミ袋に捨てる。モップを片付けたら柱の裏を一周し、窮屈そうに身体を屈めながら、ハンディライトでカウンターやスツールの裏を照らす。盗聴器やカメラの類を探しているのだ。
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