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ジューンブライド
チロチロと舌先を使って舐めまわされ、時折母乳を求めるようにチウチウと吸い上げてくる。感じさせようとしているのか、甘噛みしたり、わざと音を立ててくる。君蔵馨は腰のあたりがゾクゾクした。声を出さないよう口を引き結んでいるが、鼻息が荒くなっても「感じている」と指摘されてしまうので、たまに口で呼吸するのも忘れない。その瞬間がなかなか骨だ。気を抜いたら甘い吐息が漏れてしまう。
五厘刈りの大男が左乳首を吸いながら、チラチラと君蔵の顔を見上げてくる。君蔵は無表情を意識するが、上手く装えているか自信がない。動くことも、声を出すこともできないから、快感ばかりが高まっていく。
ぞろっと乳首を覆うように舌が這い、思わず「ひっ」と小さく喘いでしまった。坊主頭が顔を上げ、釣り上がった目でニタっと笑う。
「感じてんな」
「くすぐったく……て」
鼻息を荒げ、むしゃぶりついてくる。雛鳥が餌を要求するような必死さが怖かった。この人は異常だ。快感よりも恐怖が勝った。この人に「感じている」と決定打を与えてしまったら、自分は餌のように食い散らかされてしまうんじゃないか。高まった体温がすううっと冷えていく。怖い。感じているそぶりを見せてはいけない。君蔵は歯を食いしばって堪えた。
「ははっ、みっともねぇな。右と左で全然サイズ違うじゃねぇか」
それが終わったあと、八角大吾は必ず二つの乳首を見比べた。自分が10年かけてそうしたくせに、まるで君蔵が悪いように言ってくる。
「なんだこれ、コリコリじゃねぇか。お前、毎日かきむしってんだろ。バレバレなんだよ」
君蔵はシャツを広げたまま、八角の愚弄を聞き流す。もう何度も同じことを言われているから、言葉で傷つくことはない。気をつけなければいけないのは、こうしている最中に、不意打ちで乳首に噛みついてきたり、ぎゅっと摘んでくるのに対応することだ。ぼうっとしていると反応してしまうから、ちゃんと彼を注意深く見ていなければならない。
君蔵が唐和会に拾われたのは8歳の時だった。当時八角は6歳で、遊び相手に君蔵があてがわれた。
八角はずる賢く卑劣な子供で、君蔵が自分より格下の人間だと分かった途端、遊びよりも困らせることに夢中になった。ペニスをしゃぶらされたこともあったが、組員に見つかって二人ともこっぴどく叱られた。それがトラウマなのか、八角は下半身には一切触れさせようとしないし、触れてこない。代わりに、乳首に病的な執着を持っている。
時間や場所を問わず、少しでも二人きりになれる時間があれば、八角は「吸い行くぞ」と乳首を求めた。あまりに堂々と言うものだから、他の学生はタバコだと勘違いしている。
「あむ」
低く、アニメキャラクターが食事をするような、わざとらしい咀嚼音が聞こえてきた。八角がまた、君蔵の乳首に吸い付いたのだ。あむ、はむ、と低い男の声に鳥肌が立った。嫌で嫌で、目頭が熱くなってきた。泣くのは絶対にダメだ。ぎゅっと目を閉じると、まぶた越し、いやらしい視線を感じた。
「感じてんじゃねぇよ」
粘り気のある笑顔にゾッとした。八角は顔つきがヤクザのそれだ。特定の誰でもない、唐和会の組員を全員重ねてできたような。
フルフルと被りを振り、「感じてません」と涙声で訴える。
「あっそう」
ぎゅっと乳首をつねられ、痛みに顔を歪めた。八角が「いたいでちゅねえ」と頭を撫でてくる。
「引っ張って、ぐりぐりー。あーいたいいたい。取れちゃうよお」
幼児言葉も組員を真似たものだろう。強面の男ほど、拷問する際、幼児言葉を使う傾向にある。
「さくらんぼ大になったら収穫しまちゅからねぇ。まだまだ先は長いでちゅねぇ」
ふうっと息を吹きかけ、八角はようやく乳首から離れた。
君蔵はシャツのボタンを止めた。ヒリヒリして、シャツが擦れて痛い。それに左だけツンと尖っていて、透けて恥ずかしい。君蔵はブラジャーをつけようかと本気で悩んでいる。シャツの上に学校指定のベストを着るようにはしているが、それだと見た目しか解決されず、擦れると痛いのだ。……でもブラなんかつけているのを八角に知られたら、どんな目に遭うかわからない。
八角が部屋を出ていく。君蔵は憂鬱な気持ちでその後を追った。
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