ジューンブライド

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 華鹿学園は超お金持ち男子高校だ。財閥や華族、医者や一流芸能人を親にもつ学生がゴロゴロいる。  知久拓馬は柔道特待生としてこの学園に入学した。ここは勉学と武術の才能があれば、三食飯付き、寮完備という高待遇で入学できる。だから特待生組は貧乏が多く、知久もそうだ。父親を早くに亡くし、母親が一人で育ててくれた。苦労させたくなくて、何か一つを極めようと、柔道に打ち込んだ。本当は野球とかサッカーの方が夢があるが、自分にその才能はないと子供ながらに判断し、華鹿学園の特待生を狙うために柔道を選んだ。  国立公園のように緑の多い、広々とした前庭。噴水広場に集まっているのはヒエラルキーのトップ集団だ。普通の学校なら運動部や派手な学生がそこに位置するが、この学園では家柄が全て。ただの金持ちじゃあそこには入れない。  入学して一ヶ月、この学園の異常性が薄々わかってきた。 「おいっ」  噴水広場に駆け付け、水に頭を沈めている男の手を掴んだ。ザバッと水から青白い顔が出る。 「何、お前」 「一年じゃん。先輩助けてかっくいー」 「そいつ、食堂で見かけた。タロちゃんのエサ拾ってやってた」 「やさしー」  周りの学生が冷やかした。  水に頭を沈めていた学生は、自ら水の中に頭を突っ込んだ。 「おいっ、何してるっ!」  知久が両肩を掴んで噴水から剥がすと、「ほっといてくれ!」と怒鳴られた。 「一年がっ……勝手なことすんなっ」  濡れた顔で睨まれる。 「うわー、助けてもらってそりゃないわぁ」  顔立ちのハッキリとした男前が言った。クリーム色のブレザーが小麦色の肌によく似合っている。他の学生も彼に同調し、「ポチ、恩人にその態度はないだろ」といじめていた学生の尻を蹴った。 「やめろっ! あんたらっ、いじめなんかして恥ずかしくないのかっ!」  知久が吠えるように言っても、周りの学生はニタニタと笑うばかり。対等な人間と思われていないのだ。 「知久っ! なんだこんなとこにいたのかっ!」  快活な明るい声に、視線が移った。 「すみません。こいつ、ちょっとやらかしちゃって、先生がもうカンカンで……借りてっていいですかね?」  柔道部部長の新堂俊平(しんどうしゅんぺい)。制服を着ていると柔道部員には見えず、ファッション誌から出てきたような爽やかな好青年だ。 「そいつ、知久って言うんだ」  男前が微笑した。新堂の頬がひくっと強張る。 「ええ……生意気でしょう? 俺が責任持って、部活でビシバシ指導するんで、どうか見守ってやってください」  かくっと九十度頭を下げる。憧れの先輩の媚びるような態度にゲンナリした。さらには自ら、「ああ、靴が汚れていますね。失礼します」と跪き、男前の靴をペロペロと舐め出した。 「新堂さんっ」  他の学生はくすくすと笑っている。知久は唖然とした。この学校、狂ってる。 * 「亜城我九(あじょうがく)、亜城財閥の御曹司だ。あいつには絶対逆らうな。『死ね』以外の命令には全部従え」  柔道場の更衣室に連れ込むなり、新堂が無茶なことを言ってきた。普段のくだけた口調とは違い、声も低いし威圧的だ。 「腕を折れ、って言われたら、折れってことですか」 「ああ」  真面目な顔で言われ、思わず鼻で笑ってしまった。グイッと顎を掴まれ、「舐めんじゃねぇぞ」と凄まれる。  知久は身長190センチ、柔道で鍛えた身体は高校生とは規格外だ。だから不良に絡まれたことは一度もないし、誰かを怖いと思ったこともない。新堂も長身だが、自分よりは低いし、細身だ。なのに鋭い目つきに圧倒された。 「ありえないって思ってんだろ。言っとくけどな、腕へし折られるのなんか当たり前だぞ。俺は二人折った。できないならテメェの腕を出せって脅されて、学力特待生の左腕をへし折った。俺は全国大会があったから、骨折するわけにはいかなかった」  動悸がした。「ありえない」と口から否定がこぼれる。新堂は苦しげに首を横に振った。 「あと二週間もすればわかる。六月はおまちかねのジューンブライドだ。お前の常識もぶっ壊れるさ」 「ジューンブライド?」 「この学校の伝統行事だ。花嫁として選ばれた学生は期間中、他の花嫁とセックスの回数を競い合う。一位の花嫁には特典として『卒業まで平穏に過ごせるで賞』が与えられ、それ以外の花嫁は『一週間遊具の刑』に処される」 「遊具の刑?」 「見た方が早い。とにかく、花嫁に選ばれたら悲惨だ。ケツ犯されんのが嫌なら、大人しくあいつらに従ってろ」 「狂ってる……」 「でも慣れる。慣れたらここは悪くない。道場は広いし綺麗だし、飯はうまい。でもそれは一般学生が高い学費を払ってくれてるからだ。俺たちはほどこされてんだよ」 「だからって……ふおっ」  急に股間をギュッと掴まれた。新堂は鋭い剣幕で、言った。 「花嫁を決めんのはあいつらだ。せっかく武道推薦で入ったのに、花嫁に選ばれて辞めてった部員を俺は……何人も見てきた。俺はもう、退部届なんか見たくない。誰一人辞めさせたくない。だから知久、俺のためにも、あいつらに刃向かうのはやめてくれ」  二週間後、講堂で開かれた生徒集会で花嫁が発表された。 「十八人目、三年五組、新堂俊平」
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