背中に結ぶ赤い襷

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道着に着替え、ハンガーに吊るされている袴を手に取る。 昨日アイロンをかけたので、折り目はぴしりとつき、糊の効いたぱりっとした触り心地。 袴にアイロンをかけることが、千景(ちかげ)の試合前の習慣だった。 袴は太いズボンのようになっていて、片方ずつ足を入れウエストより上で袴の紐を縛って履く。 しゅるしゅると長い紐を器用に操って前で結ぶと、そっとやちょっとのことでは落ちてこないように固定される。 最後にぎゅっとポニーテールに髪を結わえた。 黒髪の綺麗な人 剣道部に見学に来た1年生は、上級生の名前が分からないから特徴を言う。 千景の代名詞は、白い肌に烏の濡羽色の艷やかな黒髪を持っていることだった。 部室から道場に向かい、防具も身につける。 垂(たれ)と呼ばれる腰周りを守るもの、次いで胴、面の順だ。 垂の全面には「武藤」と千景の名字が入っている。 面をつけたら顔の判別は難しいため、剣道では名前や学校名は目立つように工夫されるのだ。 面はまだ着けない。 左手に竹刀を持ち、防具を身に着けた千景は武道場の中心へと歩き出す。 足音は立てない。 道場の側面の壁に備え付けられた鏡に向かって竹刀の素振りから始める。 真っ直ぐに竹刀を振り下ろし、胸の前辺りでぴたりと止める。何度やっても剣先がぶれないように。
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