背中に結ぶ赤い襷

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雨が降っているのかと思った。 地下鉄の改札を抜け地上に続く階段を見上げると、空は暗い。 階段を登り切ると、僅かに星が浮かんでいた。 「6時でもうこんなに暗いか」 ぼんやりしている間に随分日が短くなった。 康二(こうじ)はリュックサックから取り出した折り畳み傘をすぐにしまい、歩を速めた。 かかりつけの整形外科はあと1時間で診察が終わる。 「筋肉が張ってるね。無理して肉離れなんて起こすなよ」 中学の頃から通っているから、医者も康二の無茶しがちな性格をよく知っている。 「大会近いですもん。練習量増えますよ」 「本番走れなかったら元も子もないだろ」 「そうですけど。でも、次で最後だから」 「大学でも陸上続けないの?」 「続けるつもりですけど。でも、本気でやるのは次が最後なんで」 「まあねぇ……でもさ、高校まで駅伝やって、大学から長距離に転身する選手だっているでしょう」 康二の種目は駅伝。長距離の大会にも出るが、景色が変わり、襷を繋ぐ駅伝が好きだった。 「駅伝と長距離は別ですよ」 長距離は孤独だ。 多分、陸上を代表する競技。 孤独で、強かで、逞しくないといけない。 俺はそんなに強くない。 フィジカルもメンタルも。だから仲間と一緒に走りたい。 襷を繋ぐんだと思えば、足が痛くても息が上がっても走り続けられた。 走る理由があったから。 生粋の「選手」じゃない自分は、長距離で記録は出せないだろう。
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