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「藤野さんってさ、TikTok見る?」 「見る」  しまった。  ついつい、前のめり即答。  引かれたかもしれない。  静華の心配をよそに、橋本は飄々と表情を崩さないまま、液晶をタップし続けた。 「じゃあさ、この動画は見たことある?」  橋本が見せてきた動画に、静華は目が飛び出る程驚いた。  つい最近、静華が沼ったばかりのマンガ動画だったから。  リズミカルで特徴的な音楽に乗せて、少女漫画っぽい絵柄でエモいストーリーを見せてくれるもの。  昨日も家に帰ってから寝るまで、ただただ沼り続けていた。  でも「見たことある」などと自分なんかが答えた時、一軍男子が果たしてどう思うのだろうか。  全く読めなかった静華は、返答にひどく迷った。 「これ、俺が作ったんだけどさ」 「えっ!?」  まさかすぎる爆弾発言。 「こ、ここここれを、橋本くんが……?」  信じられない。  太陽の下でサッカーしてる方がずっと似合ってる人が、動画なんか作ってることに。  確かに、静華にとってはTikTokerは神的存在。  だが、それは決して橋本のような、少女漫画のヒーローみたいな人ではない。  陽キャも陰キャもいるTikTokerではあるが、橋本はそもそもジャンル違いだと静華は思った。 「そうなんだ、へえ……」 「それでさ、どうかな?この動画」 「ど、どうって言われても」  最高です。  毎日、時間溶かしてます。  そんなことを、一軍トップのイケメンに言える心臓なんか、静華は持ち合わせていない。 「見やすいと、思う、けど」  無難な回答を静華は選んだ、つもりだった。  が、その直後に「そうだよな……」と橋本は俯いてしまった。 「ご、ごめんなさい!」  咄嗟に静華は謝った。 「どうして謝るの」  橋本は、不機嫌そうに首をかしげた。 「だって、それは……」  橋本は、明らかにショックを受けていた。  自分なんかが、そんな顔にさせて申し訳ないと、静華は思ってしまったのだった。 「俺の動画にはそれしか魅力がないってことだろ?事実を教えてくれたんだから、謝らなくてもいいよ」  何を、言っているのだろう。 「ははは。よく言われるんだ。絵もストーリーもどうせ二番煎じ。見やすいけど、それだけだって」  誰が、そんなことを言うのだろう。  少なくとも静華がコメントを見る限りは、どれもこれもが絵やストーリーを讃えるもの。  静華でさえ、最新動画が上がる度に、つい感想を書き込みたくなる程だ。  とは言っても、実際に書いたわけではないが。  そんな勇気も、静華には到底なかった。 「それでさ、俺考えたんだけど……」  そう言うなり橋本は、静華に頭を下げた。 「……え?」  どうしよう。  今この場面を一軍女子に見られてしまったら、明日には確実に自分の机が消される。  静華は、誰もこの場面を見ていない事と、橋本が早く顔を上げてくれることを祈った。 「頼む!俺の動画に藤野さんの声をくれないか?」  しばらくフリーズしていた頭が「どうして?」と尋ねられるほど回復した頃には、橋本のiPhoneにはすでに、もふもふのマイクがセットされていた。
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