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そもそも、自分の人生が三軍落ちした理由は自分の声だと、静華はハッキリ確信していた。
たった一音だけでも、耳を塞ぎたくなる程の気色悪く、ただ目立つだけの役立たずの声が、静華が生まれつき受けた呪いだった。
これは、まだまともに喋れない時期の記憶。
「泣き声うるせえ!あいつを黙らせろ!」
そんなことを言いながら、父が母を殴っているのはしょっちゅう。
そしてこれは、言葉を覚え始めて、友達と話がちゃんとできるようになった頃の記憶。
「しずちゃんって、変な声してるよね、気持ち悪い」
保育園で仲良くなったはずの子からある日突然、そんなことを言われたかと思ったら、次の日から仲間はずれにされた。本当にあっという間の出来事。まともに話したこともない子からも、一斉に無視された。
それが、静華のぼっち歴の始まり。
先生たちはそんな静華を気にかけて、他の子よりも多く話しかけてくれはしたが、それがさらに、静華への他の子からの嫌がらせに拍車をかけた。
それでも、まだ良い方だと静華が知ったのは、小学校に上がってから。
教科書を音読させられる度に、妙にクスクス笑われる。
すれ違う度に、「しょーふ声」「一生しゃべんな」「気色悪い」「ヘリウム」など、あらゆる悪口を投げつけられる。
呼吸をしようと口を開くだけで「みんなー耳ふさげー」と誰かが合図をして、一斉にクラス中が耳を塞ぐ。
そんな日常の繰り返しだ。
静華が声を封印するまでに、時間はかからなかった。
静華は徹底して、声を出さずに生きていくための技術を磨いた。
風邪のフリは、きっと世界の誰よりもうまくなった。
声を出さなくてはいけない場面が来る度にわざと咳き込む。
すると人は簡単に「あ、ごめんね」と言いながら避けてくれる。
それは、声を出さないように気を使うためではない。
かかるはずのない風邪を、自分が引かないため。
少なくとも静華にとって、他人とはそういう存在だった。
だから、世界的な感染症のおかげで、マスクをつけることとしゃべらないことが正義になった世界に、静華はひっそりと感謝した。
たくさんの人が死んでしまったり、苦しんだことをニュースで見てもなお、その気持ちは変えられそうになかった。
それまでの世界が、静華にとって残酷だったから。
そういうわけで、声を出さない正義が肯定されやすくなった中学生活は、静華にとっては若くして手に入れた余生のようなものだった。
誰からも干渉されない。
興味すら持たれない。
それどころか、ちょっと静華が咳の真似事をすれば「すぐに家に帰りなさい」と早退を勧められる今の状況を、静華は三軍なりにひっそり楽しんだ。
あと二年もすれば高校生。
通信制の高校を受験することは、だいぶ前から決めていたし、すでに自分のことを諦めている親を説得するのに時間はかからなかった。
引きこもり続けられる職業として、プログラマーを志望しているのだと伝えたら、「ニートにさえならなければいい」とまで言われた。
その時に見た、父と母の内心複雑そうな顔を、私はなかったことにした。でなければ、言ってしまいそうだったから。
お前らが子作りしたせいで、私はこんな声に生まれて苦労したのだから、と。
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