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 そんな静華に対してだ。  よりにもよって「声をくれ」と言ってきたのが、自分と対極にいる一軍のトップなのだから、控えめに言って、理解不能。 「何で?」  どうにか時間をかけて、静華が絞り出せたのはたった三つの音。  でも、意図を伝えるにはそれだけで充分だろう。 「それは、その……」  静華と違い、すでにマスクなし生活に戻っていた橋本の口元は、動きが一目瞭然。  あ、とか、え、とか、そ、とか。  そんな音を発しようとしているのだろうか。  ちなみに、口の動きで、何を言おうとするのか分かることを読唇術と呼ぶのを、静華はTikTokで学んだばかり。  いっそみんなが口の動きを読んでくれたなら、自分はより声を出さなくても生きていきやすくなるのに。  そんなことを思い出しながら、静華は緊張しながら橋本の言葉を待つしかなかった。 「藤野さんの声さ、面白いじゃん」 「え」  気持ち悪いじゃ、なくて? 「だから、藤野さんに声をあててもらったら、バズれるんじゃないかって、ずっと目つけてたんだ」  そう言うなり、橋本はまたもやiPhoneの液晶をたたたっと華麗にタップして、別の動画を見せた。 「これは、知ってる?」  知っていた。  特徴的な歌に合わせて、くるくると絵が変わるストーリーマンガ動画。  とにかく、歌声が耳に残る。 「それからこれはどう?」  もちろん知っていた。  いろんな本を紹介する知識系マンガ動画で、これも声優さんの幼女っぽい可愛らしいナレーションが耳に残る。  どちらも、静華が毎晩のルーチンで眺めているものだった。  静華が、縦に首を振ると、橋本は「話が早い!」と目を輝かせてから、乱暴に床に置いていた自分のリュックから自由帳を取り出した。  表紙はすでにボロボロで、静華が知る限りの橋本の授業のノートよりずっと使い込まれているようだった。 「ちょっと、これを見てくれない?」  橋本が嬉しそうにノートを開いた。  そこにはびっしりと絵コンテが描かれていた。ちょうど一昨日見たばかりのネタもあった。  静華はようやく、橋本が自分が沼ったマンガ動画クリエイターであることがリアルだとわかった。
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