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「すごいね」
静華は、本気で言った。
でも、橋本は口を尖らせ、眉を潜めながらこう呟いた。
「ちっともすごくなんかない。俺よりずっとすごい動画クリエイターは世界中にたくさんいるし、きっとこの何倍もネタ帳を作ってる。もっと、頑張らないといけないんだ。でないと負ける」
「そう、なんだ……」
静華からすると、橋本はこれ以上何かを頑張らなくても良い勝ち組だ。
自分のように、ただ声を出さないためだけですら、試行錯誤しないといけない自分のような人間なんかとは違う存在だ。
そんな人間ですら「負ける」と弱音を吐いてしまうなんて、どれだけTikTokの世界は過酷なのだろう。
静華は、脳死状態で見続けた他のTikTokerに対しても、妙に申し訳なく思った。
「それで、藤野さんの声が必要なんだ」
理解不能。
どうして、負ける、頑張らないといけない、からの自分の声が欲しい、なのか。
静華にはどうしても、その流れが繋がらない。
どう橋本に答えるべきかと静華が悩んでいる間に、橋本はいつの間にか絵コンテノートの別ページを開いていた。
そこには、でかでかとメモ書きで「声で目立たせたい!」と書かれていた。
だから、どうして……。
「俺の動画さ、絵と吹き出しと、フリーBGMだけで作ってるからさ、なんか印象に残りづらい気がして」
「そんなことは……」
静華は、声やBGMが内容の良さを殺している、下手な編集動画も数多く見てきた。
それに比べれば、橋本のマンガ動画はちゃんと絵やセリフを見せる構成になっているからか、没入感が凄かった。
余計な混ぜ物なんか、必要ない。
少なくとも静華は、今のままでも十分沼っている。
「ちょっと、このセリフをしゃべってみて欲し」
「嫌だ」
いつの間にか、静華は立ち上がっていた。
そして、もう1回言った。
「絶対、嫌だ」
こんなに、耳に刺さる自分の声はいつぶりだろうか。
やっぱり、聞くだけで静華は吐きそうになった。
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