1.

8/8
前へ
/32ページ
次へ
 気がつけば、静華は家のベッドに制服のまま転がっていた。  両親は、すでに二十一時は過ぎているというのに、どちらもまだ帰ってきてない。  リモートワークが当たり前の世界になっても、二人の仕事はリモートができない、らしい。  具体的にどんな仕事をしているのか、静華は聞いたことがなかった。  けれども「そういうものなのか」とあっさり受け入れて、夕飯に一人でカップラーメンを啜るくらいには、一人に慣れていた。  それに居心地も、家族がいるよりずっと良かった。  父が大嫌いな静華の声を聞かせないために、息を殺さなくても済むから。  静華は動きが鈍い、お下がりAndroidを指で操作しながら、いつものようにTikTokアプリを起動させ、まずはフォローしているアカウントの最新動画を一通りチェックしていった。  オムライスやパスタをひたすら作っているだけの動画や、絵を描いているだけの動画もあれば、犬と飼い主のイチャイチャ動画、ホストの本音が垣間見える動画まで、いろんな世界を三分以内で覗き見できる。  しかも、飽きる前にコロコロと画面が変わる。   賞賛したい時は、ハートマークをポチるだけ。  手軽気軽な仕組みを考えた、どこぞの天才に「生まれてくれてありがとう」と、静華は心の中でだけは何度も呟き続けた。  脳内の自分のボイスは、ピカキンかぴろゆき。  最近よくこの音声AIを使った動画を見るので、自分の声より馴染み深くなっていた。  TikTokがある世界とない世界とで、静華には大きく変わったことがある。  夜がやって来ることも、明日が来ることも楽しみになった。  今日は、どんな世界が覗けるんだろう。  明日は、どんな動画を神が作ってくれるんだろう。  六時間前後の中学生時間を耐えるだけで、ご褒美が無数に増える。  それが、ますます静華を沼らせる。  ちなみにTikTokがまだ存在しなかった時期は、アニメや漫画をなんとなく追いかけていた。  推しキャラも作った。  けれど、一週間も続きを待たないといけないことに耐えられなくて、いつしか見る習慣がなくなってしまった。  一週間、ご褒美を耐えないといけないのは、静華にはもう無理なのだ。  だから、TikTokは静華にとっての命綱。  生きる理由と言っても過言じゃない。  神動画達がない世界になんて、もう戻れない。  そんな静華は、今日も宿題なんかそっちのけで動画の海に浸かる。  ゆらゆら、うとうとと。  そうして、今日も何となく緩やかに終わっていくと思っていた、のに。  その動画は、突然静華の前に現れてしまった。  まるでテロのように。 
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加