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気がつけば、静華は家のベッドに制服のまま転がっていた。
両親は、すでに二十一時は過ぎているというのに、どちらもまだ帰ってきてない。
リモートワークが当たり前の世界になっても、二人の仕事はリモートができない、らしい。
具体的にどんな仕事をしているのか、静華は聞いたことがなかった。
けれども「そういうものなのか」とあっさり受け入れて、夕飯に一人でカップラーメンを啜るくらいには、一人に慣れていた。
それに居心地も、家族がいるよりずっと良かった。
父が大嫌いな静華の声を聞かせないために、息を殺さなくても済むから。
静華は動きが鈍い、お下がりAndroidを指で操作しながら、いつものようにTikTokアプリを起動させ、まずはフォローしているアカウントの最新動画を一通りチェックしていった。
オムライスやパスタをひたすら作っているだけの動画や、絵を描いているだけの動画もあれば、犬と飼い主のイチャイチャ動画、ホストの本音が垣間見える動画まで、いろんな世界を三分以内で覗き見できる。
しかも、飽きる前にコロコロと画面が変わる。
賞賛したい時は、ハートマークをポチるだけ。
手軽気軽な仕組みを考えた、どこぞの天才に「生まれてくれてありがとう」と、静華は心の中でだけは何度も呟き続けた。
脳内の自分のボイスは、ピカキンかぴろゆき。
最近よくこの音声AIを使った動画を見るので、自分の声より馴染み深くなっていた。
TikTokがある世界とない世界とで、静華には大きく変わったことがある。
夜がやって来ることも、明日が来ることも楽しみになった。
今日は、どんな世界が覗けるんだろう。
明日は、どんな動画を神が作ってくれるんだろう。
六時間前後の中学生時間を耐えるだけで、ご褒美が無数に増える。
それが、ますます静華を沼らせる。
ちなみにTikTokがまだ存在しなかった時期は、アニメや漫画をなんとなく追いかけていた。
推しキャラも作った。
けれど、一週間も続きを待たないといけないことに耐えられなくて、いつしか見る習慣がなくなってしまった。
一週間、ご褒美を耐えないといけないのは、静華にはもう無理なのだ。
だから、TikTokは静華にとっての命綱。
生きる理由と言っても過言じゃない。
神動画達がない世界になんて、もう戻れない。
そんな静華は、今日も宿題なんかそっちのけで動画の海に浸かる。
ゆらゆら、うとうとと。
そうして、今日も何となく緩やかに終わっていくと思っていた、のに。
その動画は、突然静華の前に現れてしまった。
まるでテロのように。
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