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2.
次の日。
静華はいつもの遅刻ギリギリの時間ではなく、開門する八時ちょうどに、学校の玄関を通り抜けた。
一番乗りに教室に入り、じっと席で待つ。
中途半端に真ん中の方になってしまったので、余計居心地の悪さを静華は感じていた。
特に仲が良いわけじゃないけれど、部活で厳しくされているのか、吹奏楽部や運動部に入ってる陽キャ達が「よっ」「今日は早いね」と静華に一言声をかけていく。
静華はその度に、机に視線を向けたままぺこりと会釈だけを繰り返す。
彼らが、それを朝の挨拶として受け止めたかは、静華には分からない。
けれど、静華にとってはこれが本当に精一杯。
それが、藤野静華という人なのだ。
人の顔なんて見られるわけがない。
俯いてマスクをして、ようやく呼吸を許される、ドベオブ三軍の限界。
だからこそ静華は、怒っていた。
自分の居心地の良い世界を台無しにした、自分なんかの気持ちなんかどうせ分かろうともしなかったであろう、自分よりもずっと高いところにいる存在に。
目的の人物が現れたのは、静華が教室に入って二十三分後。
あと二分で予鈴が鳴る時刻は、普段の静華が登校する、ちょうど一分前。
橋本がおはようと声を出した瞬間、静華は机に視線を向けたまますくっと立ち上がった。
それから、極力周囲の顔を見ないように俯きながら、入口で同じ一軍の男子と話し始めた橋本につかつかと近づいた。
「ああ、おはよう藤野さん」
橋本の声が、自分に向けられている事に嬉しさを感じるよりも先に、静華は苦しさを耐えながら声をぶつけた。
「………………消して」
「え?何?」
橋本は、間抜けな声で答えてきた。
その声は、静華の中にあった悲しさと怒り、虚しさをより膨らませていく。
「動画、消して。今すぐ」
「でも」
「消してってば!!!」
静華の叫びが教室に広がった瞬間、しんっ……と、無音になった。
「しまった」と静華が自分を取り戻したのは、担任がのんきな声で「ホームルーム始めるぞ」と扉を開けて、空気をぶち壊した時。
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