『カッコウ』

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 何が問題だったのか、最初に浮かび上がったのは、学力だ。  誘拐されていた三年半の間、僕はほとんど何も読まず、テレビも見なかった。虐待されていたのではなくて、誘拐した女自体、あまり頭が良くなかったらしい。だから、帰ってきた時には、僕は字が読めなかった。誘拐される前の二歳の頃は少しのアルファベットぐらいは読めていたという話だったが、帰ってきた時にはそれも忘れていた。  だから、僕は全くのゼロからスタートすることになったのだ。  母親は、最初は辛抱強く教えてくれていたと思う。  ほんの幼児のようなことも分からなくなっていた僕を優しく諭して、何度も何度も、同じことを教えてくれた。  最初はそれで良かった。だが、そのうち学校が始まる。  同年代の子供と同じ教室に入れられると、男の子たちの洗礼を僕は浴びることになった。常識がない、テレビ番組のことも知らない、勉強ができない僕のことを、彼らはすぐに見破った。そして、僕はいじめを受けるようになって、下のクラス、また下のクラスと、小学校から留年を繰り返すようになった。  そのうち僕は、癇癪を起こすようになった。両親に反抗し、宿題を破り捨て、地団駄を踏むようになった。  母親はため息をついては、僕の散らかした後を片付けていた。その悲しげな様子は、僕の記憶に今でも突き刺さっている。  もし僕がそのとき自分を律することができていたら、僕は今のようにはならなかったのか。でも、正直僕には分からない。  思えば、どこかしら違和感を覚えていたような気がする。ことさらに優しい両親、どんな反抗をしてみせても、僕を叱ることはなく、笑って受け入れてくれる。  その貼り付いたような笑顔、そして、その奥にある奇妙な怯え。  だけど、僕はそれでも、その不安を押し殺して、思うに任せない苛立ちを抱えながらも親に寄りかかっていた。  その日までは。
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