ムルの半溶けシャーベット。

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ムルの半溶けシャーベット。

「お疲れ様です!」 商業ギルド所属の魔法使いのノースリーさんとすれ違うと、ふわん、と甘い匂いがした。 「ん……?」 足を悪くする前は冒険者をしていたというノースリーさんは、間違っても香水をつけるような人ではない。 首を傾げていると、ノースリーさんが呆れたように笑った。 「さすが、なつきだな」 「何がですか?」 「ムルの匂いがしたんだろ?」 ムルとは、綺麗な水の中でしか育たない果物だ。 桃のような甘い匂いがするはずだが、ノースリーさんからしたのは、薔薇のような香りだった。 「さっき、養殖ものが入ってきていたからな」 「え、本当ですか!?」 ムルは綺麗な水の中でしか育たないので、水源が限られているターコイズではめったに食べられない上に高価だ。 ただし、魔法で出した水でも育つので、たまに水の魔法使いが小遣い稼ぎに栽培したものが出回る。 それを養殖ものと呼び、天然ものと区別していた。 なるほど。養殖ものは、薔薇のような香りがするのか。 話には聞いていたが、魔法使いがたまに栽培するくらいなので、市場にもあまり出回らない。 一度、食べてみたかったのだ。 「タイエさんとこで売るって、言っていたぜ」 「ありがとうございます! 休憩時間に行ってきます」 うきうきと歩き出したが、私はふと首を傾げた。 さっき、ノースリーさん「さすが」って言わなかったかな? どういう意味? 「休憩、行ってきまぁす!」 休憩時間になり、私は財布を握りしめ、商業ギルドを飛び出した。 タイエさんの店は老舗の青果店で、店の規模はあまり大きくないが、必ず品質のいいものを揃えているという評判だ。 今日も、タイエさんのお店は目利きのおばさまや屋台主さん達でにぎわっている。 日の当たらない店の奥で、金属の皿にこんもりとムルが盛られて売っていた。 近づくと、薔薇の香りが強くなる。 「ムル一つください」 「はい! 半溶けなので、お安くしておきますね!」 受け取ったムルは、ひんやりと冷たかった。 水の中から出した瞬間から、ムルは劣化し始める。 それを避けるために、ムルは凍らせた状態で売るのが一般的だ。 完全に溶けてしまえば売り物にならなくなるので、時間が立てばほとんどの店が安く売る。 おかげで、私達のような庶民でも何とか手の届くお値段だ。 溶けてしまう前に、と急いで店を出る。 ムルを持った手が冷たくなってくる。 広場の隅のベンチに腰掛け、ムルを食べてしまう事にした。 口元に近付けると、強い薔薇の香りの中に、かすかな甘い桃のような匂いがした。 触れた唇と舌が、ひやりと冷たい。 しゃりしゃりとした食感の中に、クリーミーな部分がある。 バニラアイスのような甘い味がして、口の中に薔薇の香りが広がった。 「うっまぁ……!」 あっという間に食べ終わってしまった。 まだ薔薇の香りがしているような気がする。 後味は変にべたべたした甘さではなく、爽快感がある。 いつか、天然ものも食べてみたいなぁ……。
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