厄日のサンドウィッチ。

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厄日のサンドウィッチ。

……これはヒドい。 糸はほつれているし、生地の厚さも均等ではない。 色むらもヒドイし、正直鑑定スキルを使うまでもない。 私は内心ため息をつきながら、鑑定受付のカウンターに出された綿織物を見た。 どこぞのキャラバンだという話だったが、よくこんな品物を仕入れたな。 とても売り物に出来るような物ではない。 一応、目に集中して鑑定スキルを使ってみる。 鑑定結果は、やはり五反全て〈不可〉。 ……最低でも2割くらいは、どうにか〈可〉に引っ掛かるものなのだが。 「申し訳ありません。こちら全て〈不可〉との鑑定結果なので、商業ギルドとしては鑑定書を出すわけにはいきません」 私の言葉に、小太りの中年男性はむっとした表情を浮かべた。 「いいから、鑑定書を出せ!」 「出来ません」 鑑定書は、「商業ギルドとしてお墨付きを与えた」とイコールなのだ。 こんな代物に鑑定書を出すわけにはいかない。 信用問題に関わる。 中年男性は、ばんっとカウンターを叩き声をあらげた。 「いいから出せ! お前程度、どうとでもできるんだからな!」 はぁっ!? 何、脅して鑑定書をもぎ取ろうってこと!? ふざけた事ぬかしてんじゃないわよ! これでも、自分の仕事にはプライド持ってんだから! この世界に迷い込んだ私が、仕事も住む所もどうにかなったのは鑑定スキルを持っていたからだ。 私と中年男性は、カウンター越しに睨みあった。 「出せ!」 「出来ません!」 鑑定を待って並んでいた人達が、ざわつきだした。 そこへ商業ギルドの警備部門の人が現れ、中年男性に声をかけた。 「申し訳ありませんが、お引き取りを」 言葉遣いこそ丁寧なものの、眼光は鋭く、腰に下げた剣の鞘に手をかけている。 抵抗するなら、力ずくでも排除する気だ。 中年男性はちっと舌打ちをすると、カウンターにあった綿織物を持ち、逃げるように商業ギルドを出ていった。 ったく、なんなのよ、もう! 「お待たせしました。次の方、どうぞ!」 休憩時間になったので、受付を交代する。 休憩室に入ると、赤毛の女の子が声をかけてきた。 私と同じ鑑定部門に所属している子で、名前はフィア。 確か、私より2、3歳年下のはずだ。 「なつき、外に食べに行かなかったの? 珍しいじゃん」 「美味しいパン屋さんを見つけたから、今日は自分で作ってきたんだ」 丸い形のパンが主流の中、珍しく山型の食パンを焼いて売っている店を見つけたのだ。 同じテーブルにつくと、フィアは同情するように私を見た。 「変なのに、からまれてたね」 「ホントだよ」 「私も最初に来たのが変な人でさぁ、リラーナさんが交代してくれたんだよね」 確か、フィア達は2人とも早番だったはずだ。 「今日はブツメツってやつだよ、きっと」 「そ、そうだね」 誰だ、仏滅とか広めた日本人は! いや、真珠国から伝わった言い回しの可能性もあるのか……? 「じゃあ、私戻るね」 「がんばってねー」 席を立つフィアに手を振り、私は作ってきたお昼ごはんをひろげた。 耳を切り落としたパンに、マスタードのような味がするハーブの葉を刻んでバターに混ぜたものを塗り、ワイルドボアのハムとトマトに似たレントという野菜を輪切りにして挟んできた。 ちなみに、切り落としたパンの耳はスカイビーの蜜を混ぜて甘くした牛乳に浸したものを軽く焼いて、おやつとして食べた。 休憩室に備品として置いてある紅茶も淹れた。 「いっただきまぁす!」 大きな口を開けてかぶりつく。 潰して食べるなど、邪道!! 厚めに切ったパンにピリ辛のバター。 少々クセのあるワイルドボアのハムは、香りの強い木でスモークしているらしく、逆に風味がアップしている。 歯応えのあるハムに酸味の強いレントが合わさり、たまらない美味しさだ。 「うっまぁ……!」 しばし無言で、サンドウィッチをひたすら咀嚼する。 美味しいものを食べると、嫌なこととか、どうでもよくなるよね……。 うん、大丈夫。 私は、この世界でもちゃんと幸せになるために頑張れる。 ……ま、美味しいものさえあればいいっていう、お手軽な幸せだけどね。
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