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danger!
パイ生地を割ると、ぶわっと一気に湯気があがった。
それと同時に、いい匂いが漂う。
「うわぁ……!」
思わず歓声をあげる私に、リラーナさんがくすくすと笑う。
仕事上がりが一緒だったリラーナさんに誘われ、オパール王国の郷土料理を出す店に来ていた。
リラーナさんの父親が元々オパール王国の出身で、家族でたまに来ていたお店だという話だった。
農耕神様の加護を受けるオパール王国は、農業を主体とした平和な国なのだそうだ。
テーブルの上に乗っているのはキーデと呼ばれる家庭料理の一種で、たくさんの野菜とレッドバードの肉を辛味のある葉と共に煮込んだものをパイ生地で包んで焼いたものだ。
地方によっては、甘く煮た果物やとろみのあるシチューなどを入れる場合もあるらしい。
スプーンで、崩れたパイ生地ごと野菜をすくう。
口に入れると、一瞬ピリッとした辛味が先にくる。
そのあとに、じっくりと煮込まれた野菜のふくよかな味わいと、じんわりと染み込んだ辛さが口いっぱいに広がる。
「うっまぁ……!」
「美味しかったです!」
「気に入ってもらえてよかったわ」
店からの帰り道、満面の笑顔で感想を伝える私に、リラーナさんも嬉しそうな表情を浮かべる。
「果物のも、今度食べてみたいです」
「じゃあ、また一緒に食べに来ましょう」
話しながら、ふと目に入った路地に違和感を覚える。
その瞬間。
「……!?」
目の前が真っ赤になり、頭の中でアラート音のようなものが鳴り響く。
浮かび上がってきたのは、〈危険!〉〈逃げろ!〉の文字だった。
これ、まさか、鑑定スキル……?
「なつき、逃げて!」
リラーナさんが鋭い声で叫ぶ。
路地には男達と、地面に倒れ伏している赤毛の女の子。
まさか、あれはフィア!?
私達に気づいた男達が、こちらへとやってくる。
「こいつらも鑑定士だろ」
「捕まえてこうぜ!」
「いや、こいつらは駄目だ。始末しとけ」
男達の後ろから声をかけている人物に見覚えがあった。
商業ギルドの鑑定受付のカウンターで、〈不可〉の綿織物を持ち込んでゴネていた中年の男だ。
「なつき!」
リラーナさんの声で、はっと我に返った。
「誰か人を呼んできて!」
そう叫びながら、リラーナさんはどこからか小型のナイフを取り出し、男達に次々と投げた。
男達の手や足にナイフが突き刺さり、血が出るのが見えた。
「私の部下を返しなさい!」
リラーナさんはフィアを助けようとしている。
私も誰か、自警団や冒険者の人を呼んで来なければ。
そう思っているのに、初めて遭遇した荒事に、情けないことに足ががくがくと震え、うまく身体が動かない。
ぎくしゃくと動きながら、どうにか来た道を戻ろうとした瞬間。
「ぐっ……」
リラーナさんの身体を、男の一人が剣で貫くのが目に入った。
ゆっくりとリラーナさんの身体が崩れ落ちていく。
「リラーナさん!」
嫌だ、嫌だ!
「リラーナさん! リラーナさん!!」
誰か、誰か、助けて!!
嫌だぁぁぁ!!
「てめえら、うちのもんに何しやがった……」
地面にへたり込み、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている私の前に、一人の男性が突然現れた。
見覚えのある背中と、この声は。
「ノースリーさん!」
「なつき、下がってろ」
ノースリーさんに言われ、私はずりずりと地面を這いながら後ろに下がった。
「てめえら、覚悟は出来てんだろうな、ああ!?」
ノースリーさんが身構える。
「こちとら、あの防衛戦を何度も戦って生き延びた、偉大なる魔法使いノースリー様だ!」
ノースリーさんの回りを風が渦巻く。
「風魔法か!」
「はん。街中じゃ、大したこともできねぇだろうが」
男達が、ノースリーさんに近づいてくる。
「〈風の矢〉!」
ノースリーさんが鋭い声で叫ぶと、風は数十本の矢と姿を変え、男達の体に突き刺さった。
「う!」
「ぐっ……!」
ちっと、ノースリーさんが舌打ちをした。
「やっぱ、〈竜殺し〉んトコみたいにはいかねぇか……」
ノースリーさんは、足を悪くする前は冒険者をしていたという話だった。
大量の魔物が襲ってきた防衛戦でも戦っていた……?
だから、〈竜殺し〉とも会った事があるって言っていたの……?
もしかして、足を悪くして冒険者を辞めたのも、防衛戦のせいで怪我をしたのかもしれない。
男達が、ノースリーさんに向かって走ってくる。
その時だった。
ノースリーさんの回りに、先が鋭く尖った氷柱のようなものが無数に現れた。
「おっしゃ! 〈風の矢〉!!」
ノースリーさんの作り出した〈風の矢〉が、氷柱を押し出す。
氷柱が体に突き刺さり、男達が倒れていく。
ふぅ、とため息をついたノースリーさんが手を振る。
そこにいたのは、買い出しの途中らしく紙袋を持ったワイルドボアのトンカツ屋の店主だった。
店主は軽く頷くと、そのまま店のある方向へと歩いて行った。
騒ぎにようやく気づいてもらえたのか、大勢の人がこの場に近づいてくる気配がする。
ほっとした私の目に、倒れたままのリラーナさんとフィアの姿が目に入った。
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