第1話 成功病

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第1話 成功病

少しばかり開いた窓から、生温い風が入ってくる六月下旬の午後。  教室の一番左後ろ……窓際の特等席に座る佐伯青波(さえきあおば)は、その風を受けて微かに目を細める。最近伸びてきた前髪が風に吹かれて目にかかり、どうにも邪魔くさい。頬杖をついていた左手を持ち上げて前髪を横に流していると、前の席に座るたくましい背中がぐんっと自分の机に寄りかかるようにして接近してきた。青波の机に右ひじを置くように、でも顔は前を向いたまま彼――新庄光輝(しんじょうこうき)が小声で言う。 「なぁ、今日学校終わったらさ、飯行こうぜ」  なんでまた授業中にそんな話を……と青波が思いつつ、そもそも光輝は放課後は遅くまでバスケの練習があるだろうと思えば、それを予知していたかのように光輝が続ける。 「今日、コート整備の関係で練習なくなったんだ」 「ああ、そういうこと」 「な、どうだ? 久しぶりだし、澄花(すみか)も誘ってさ」  光輝の言葉を聞きつつ、その向こう側でせかせかとボードに文字を書く社会科教師の背中をぼんやりと眺めてみる。電子化したボードゆえに、書くというよりは浮かび上がらせていると言った方が正しいのだが。 「今日はバイトもないし、いいよ」 「そう言ってくれると思った」  光輝が満足そうに少しだけ視線をこっちに寄こす。端正な顔立ちに、通った鼻筋、綺麗な黒髪を短く整えている。身長も青波に比べるとかなり高く、百八十センチ後半はあるはずだ。それゆえ背中も肩幅もまさに男らしい。その割に笑うと幼くなる目元がきっと女子にモテる秘訣なんだと思う。比べて青波自身は、身長は光輝と並ぶと十五センチくらい差があるし、髪はくせ毛で体つきもがっしりはしていない。 「練習休みなら、たまには友達の女子でも誘って飯行けばいいのに」  教師に聞こえないように声を潜めつつ、少し身をかがめてそう言い返せば、光輝はきょとんとした顔で青波を見下ろす。 「ん? なんでだ? 澄花でいいだろ」 「澄花でいいって……それすみちゃん本人が聞いたら怒りそ~……」 「怒らないだろ。澄花は仲間外れにした方が怒る」 「うん、まぁそれはそうだろうけど」  風が吹いて揺れたカーテンに反応して、窓の外に目を移す。校庭で下級生のどこかのクラスが球技をしている。この暑い日に外で体育の授業は大変だろうなぁと思いながら、今しがた名前が出た澄花の事を考える。光輝や青波とクラスは違えど、暇さえあれば必ず一緒にいる存在。光輝とは確か、保育園から一緒のはずだ。彼女のクラスは今の時間何の授業をしているのだろう。 「ま、澄花には俺から連絡しとくよ」 「わかった」  青波の返事を受け取った背中が前に向き直る。  教室の前方に浮かび上がった時計が、まもなく授業が終わることを知らせている。手元の電子パッドには全く聴いていなかった授業の内容が自動で記されてあった。遠い昔、まだ新日本和国(しんにほんわこく)が日本国という名前だった時代、学校では教師が前の板に書いた授業内容を生徒自ら手書きで写していたというから驚きだ。  西暦二一〇〇年頃に起きた世界規模の核戦争で地球はボロボロになり、大国以外の国は消滅。当時日本国と呼ばれていたこの国も大ダメージを受けた。そこから早九十年近く経つが、新日本和国となった現在でも、人口は日本人以外の住民も含めても四千万人程度である。 「――……元々世界の人口は七十億人を超えていたからなぁ、それが大核戦争で半分以下になった訳だ。まぁ、恐竜にしろ人間にしろ、増えすぎたら的確な数まで淘汰されるってのが自然の摂理なのかもしれないな」  教師がそこまで言った時、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
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