夢見る世界

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御津木薫(みつらぎかおる)、二十二歳。 身長百六十センチ前後、体重は不明。 根暗を絵に書いた様な性格で一言で表すなら卑屈、ネガティブ。顔もお世辞にも平凡とさえ言えないほどブサイク、中肉中背。おまけにやる事なす事全てが裏目に出て、そのお陰か何事にも不安と恐怖を覚えてしまい一人で買い物さえ覚束無い。 そんな俺には勿論友達付き合いも無くて、連絡先にあるのは親の番号と緊急時に連絡先するための会社の番号だけ。 一年前、ある事がバレてからというもの親とも疎遠で最後の連絡の履歴はもう半年前だ。 「ただいま…。」 音を立てないようにそっと玄関のドアを閉める。 おかえり、なんて返事はもちろん無い。 靴下を脱ぎ捨てながら疲れた体をゆっくりとベッドへ倒れ込む。薄っぺらいマットレスが控えめに音を立てて軋んだ。 高卒で就職し、三年ちょっとで派遣社員として転職。一人暮らしをするにはとても日中の仕事では間に合わなくて夜勤専従のため、音を立てないように過ごすのは癖になってしまった。 ぐう、と胃が空腹を訴える音がする。 けれども何もする気になれず動く気にもなれない。どうせ食べるのは栄養のえの字もないようなカップ麺。このまま行けばきっと数十年後には糖尿病、高血圧まっしぐらだろう。 お腹の虫は尚も訴え続けているが、張本人である俺に食うつもりがないのだから無意味もいいところだ。 そう、本当に無意味だ。死ねないから生きているだけ。 生きるしかないから、仕方なく働いて金を稼ぐ。 やりたいこともなくて、やれることも限られている。機械から流れてくるものを機械のように無心で点検し、不良品があれば弾くだけの毎日。 「俺も弾いてくれれば楽なのにな。」 あの不良品達のように。 再度熱され、成形しなおされ、正しい形に生まれ変わる。 何度もそうして繰り返し点検し弾かれ成型し直され、不良品は絶対に世の中に出回らない。 なぜ俺も産まれる前に弾いてくれないのか。 産まれたあとにこうなってしまったのなら、いっそのこと残りの寿命を生きたがってる誰かにあげて、代わりになってしまいたい。 こんな考えばかりが浮かぶ自分も、母親に迷惑しかかけない自分も、孫の顔を見せてあげられない自分も、コミュ障で陰気で会社の人間から気味悪がられる自分も全て綺麗さっぱり消えてしまえればいいのに。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 何度も繰り返し見た光景。 夢だとわかる、自覚している。扉越しに聞こえてくる、嫌悪感と抑えきれない好奇心を孕んだ声。 「ねぇ、聞いた?あの話。」 「おー!それ知ってる!あれだろ?あの御津木がゲイだっていうやつだろ?」 「そう!それ!やっぱり聞いたよね!?てことは本当なのかなあ。」 「高木あんた構ってやってたじゃん?大丈夫なの?」 「いきなり話振るなよな。まー、さすがにちょっと引くだろ?もう関わってねぇよ。」 郊外で車がないと生活ができないような田舎。 そんな田舎で、こういった話は噂話の良い種だ。 休憩時間だから早くお昼食べて寝たいのに、脚が、動かない。 声が近づいてくる。 「だよねー。うわっ!」 「…お、お疲れ様です。」 「あ、お、お疲れ…。」 「うおっ、お、お疲れ…あ!やべぇ、休憩終わる!ほら行くぞ。」 「お、おう、お疲れー。」 「まってよ置いてかないでってば!」 ぶつかったところを払いながら、彼女達はそそくさと休憩室を出ていった。 彼女…いや彼らの中で、きっと俺はすごく汚いんだろう。 一番最後、ちらりと合った視線。すぐに気まずそうにそらされてしまった。 一週間前まで、例え" そう "でなかったとしても人に避けられがちな俺をよく気にかけて話しかけてくれていたのに" そう "だと分かった瞬間これだ。 心が、すり減る音がする。じりじりと削られ、小さく、細かくなっていく。 消えて、しまいたい。 この世界から、存在していた全てから。 誰も知らない世界で、小説のような異世界で、誰からも好かれるような綺麗な顔、明るくて素直、気遣いも出来るような人になって。 人から愛されて、人を愛して、生きてみたい。 こんなゲイ(こと)に悩まされず、堂々と、生きたい。
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