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「薫、大丈夫?元気にやってる?」
「うん、元気だよ。母さんこそどう?竹岡さんと上手くやってる?」
「竹岡さんだなんて…お義父さんになるのよ、もう少し仲良くするのは難しい、かしら?本当のお父さんとまでは言わないけど…。」
「ごめん、そうだよね失礼だよね。」
久々の母からの電話。俺の様子見と、長年付き合っていた人との結婚の話だった。
スマートフォン越しに聞く母の声に若干の棘が含まれ、気まずい空気が流れる。それもそうだ。進学もせず相談も無しに就職し、かと思ったらいきなり退職、そのうえ数日後には一人暮らしをするから出ていくとも。理由を聞けば実はゲイで、しかもそれが会社にバレて、だなんて。
母が周囲の人から浮き始めているのも知っている。
迷惑、しか掛けていない。この歳まで女手一つで育ててくれたというのに。
このやり取りも何度目か分からない。
……お義父さんだなんて、この歳になって言われてもどう接したらいいのか。
苦手だ。こういう雰囲気を上手く読んで、愛想を振りまき、相手の望む答えを返す作業が。
息苦しく望まれている言葉を返せない事が情けない。
そうして、なんでこの子はこうなのか、そう思われているだろう事が酷く辛く心を抉っていく。
よかったと、素直に思っている。
竹岡さんは優しい人だし、母とはもう五年以上の付き合いだ。向こうもバツイチだし、連れ後だが今年小学六年生になる娘さんも居る。
けど、こんな俺にも気を使い、誕生日に限らず成人祝いとして高そうな文房具をくれるようなできた人だ。
ただくれただけではなくて、この前欲しそうに見ていたから、という言葉を添えて。
嬉しかった。母も嬉しそうだった。
俺がその時出来たのは、明るく元気に嬉しそうに喜ぶ事ではなくて……酷く情けなく震えた声でありがとう、と伝える事だった。
少し困ったように眉を下げてどういたしましてと言っていた竹岡さんの顔が忘れられない。
俺の事を考えてしてくれた事なのに、それを返せない。
打ち解けて、母と竹岡さんが本当の家族になるのを祝いたい。
でもその間に俺がいるのは場違いだと感じてしまう。
母と竹岡さんと真奈美ちゃん。正しい親子の形。普通の形。
そこに異物が加わるのは、普通ではない。
良くない事だ。
「じゃあ、体に気を付けてね。またご飯でも一緒に食べましょう。」
「うん、また電話する。じゃあね。」
ツーツーというコール音が響く。
本当は仕事の事を話す予定だった。仕送り出来なくなると伝えるつもりだった。
いえな、かった。
奥から聞こえる真奈美ちゃんの声、楽しそうに幸せそうに返事をする母。
竹岡さんが帰ってきたであろうドアの音。
幸せな音たち。うらやましく、ねたましい。
本来なら俺にもあったはずの世界だ。
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