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「今日はどこに行こう…ギルドでも覗いて見ようかな。」
じわじわと自分がここに居るのだと自覚する。
寝起きから徐々に意識が覚醒していくのと同じように、まるであの色あせた現実が夢であったかの如く、目の前が明るく彩やかに広がって行くんだ。最初は自分の周りしかなかった世界が、歩いても歩いてもこの夢の世界全てをこの目で見て理解しきることなど不可能なくらい。
そしてこの夢はもう一つ特徴がある。
それは、この夢の世界で行った自分の行動が全てきちんと繋がっているんだ。
例えば、そう。
夢でよくあるのは場面が飛んでしまう事があげられるだろう。先程まで居なかった人物が突然現れる、違う場所へ瞬間移動のようにガラリと切り替わってしまう。
そしてその事に気付かず、尚且つ平然と夢は進んでいく。
しかしこの夢はそれがない。
きちんと己で思考し、実行し、思い描いた結果を得る。
おかげでこの夢を見始めた当初は異世界にきたかと本当にパニックになった記憶がある。夢なのに。
「夜になるまで時間があるし…わ!おっとと…!」
よそ見をしていたお陰で目の前から迫ってくる大柄の男に気付けなかった。運動神経も良くなくてドジな俺は当然のごとく目の前の彼を避けきれず、本来ならそこそこな衝撃で肩がぶつかる距離まで接近する。
本来の俺ならここで大焦りのはずだ。
頭一個半以上も背が違う、顔もちらりとみれば柄の悪そうな男とぶつかる羽目になったのだ。しかし、ここでは違う。
その理由は…これだ。
肩がぶつかる瞬間、するり、と俺の肩が透け彼は平然と歩いていった。もちろん衝撃なんてない。
さらに行き交う人を避けながら、時に体が透け、衝突すること無く目的の場所へと歩みを進める。
今日は冒険者ギルドに顔を出して見るつもりなんだ。
もちろん、相手からは見えていないんだろうが。
この夢を見始めてここ一ヶ月。
分かった事がいくつかある。
ひとつ、ここは物語の中のように、あの小説達のように魔法が日常に溶け込んでいる世界だということ。
ひとつ、この世界に俺は存在しているようで、存在していない、あやふやなものだということ。
ひとつ、人々から俺は見えていないのだということ。
ひとつ、人からも、もちろん俺からも誰かに触れたり会話をしたりする事は出来ないのだということ。
まとめて、酷く単純に言ってしまえば。
この世界で俺は完全な透明人間で、壁もすり抜けられるが人や物には触れないということだ。
やっと目的地、冒険者ギルドにつき扉に触れないためいつものように左足からギルド内へ足を踏み入れる。
そこで、ふといつもと違う雰囲気に気がついた。
なんだか、静かすぎる…?
そう、いつもなら冒険者らしくガタイの良い男たちがそこそこ呑みながら昼食を取っている時間のはずだ。だがよく想像するような騒々しさや一種の近寄りがたさや怖さは無い。
この誰よりもビビりで人が怖い俺がそう感じるのだから、ここの冒険者ギルドはこの世界に存在する人から見てもそうだろうと思う。
もちろん中には柄の悪い、というかすぐ想像できるだろうゴロツキのような男も見かける。
だがそういう奴らが悪さをしないようにまわりの冒険者が目を光らせているらしく、現に初めて冒険者になったであろう若い男…俺のようなナヨナヨとした男に絡んでいる所をまわりの冒険者が返り討ちにしているのを何度か目撃した。
現実から目を逸らし続け、異世界に憧れを抱いていた俺としては、自分を見ているようで息苦しさと同時に強い羨望を抱いたのを、よく覚えている。意を決して扉をすり抜ける。
そこには。
「第三皇子殿下だ。何故ここに?」
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