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私は二十畳ある和室を見回す。左右と後ろの欄間のところに、二十センチほど空けた等間隔でスピーカーが配置されている。映画館みたい。耳元で話しているように聞こえるのは、そういう演出だからかと納得した。カメラは見当たらない。
「堅苦しくしないでいいんですよ。どんどん食べて下さい」
また四方八方から笑いが起きる。
「私の声は言うても音声のみですから、好きなところだけかいつまんでお聞きになって下さいね。そもそも説法とは、一方的に押し付けるものではないんですよ。色んな寺がありますでしょ? 寺の分だけ住職さんが経験したことは異なるんです。極端なお話、修行をして仏様の教えはこういうことだったんだと理解なさるお坊さんもいらっしゃいますし。いやいや、毎日の小さなできごとから、自分なりの生き方を模索しようとする方もいるわけです。私はそのどれもが正解だと思っております……」
「まみこ、ちゃんと聞かんと」
まみこはほうじ茶を飲んでほっと一息ついている。
「五十分もあるのかー」
このAI寺まで一時間五十分かけてきたことを思えば、聞かないと損だ。だが、まみこは想像していたのと違うと分かって駄々をこねた。
「五十分あったら、帰りの電車で家まで半分のところまでいけるよ」
「そうやけど。今人気だからこの説法も予約したわけやん」
「世の中予約しないとできないことが多すぎる」
まみこが遠い目をする。私はAI住職の話に耳を傾ける。今のところこれといって面白い話はない。優しい男性の声が気持ちよくてこっくりこっくりと、意識が飛びはじめる。
「ちょっと、そこの方。山道ミツキさん」
私はびくっとなって目を覚ます。AI住職はやはりどこかで私達を監視している。でも、どうしてフルネームを知っているのだろう。ネット予約したのはまみこで私の名前は一切入力していないはずだ。
「では、山道ミツキさんが眠くならないようなお話をしなくてはいけませんね」
後ろのおばちゃんが噴き出す。これには私もたまらず後ろのおばちゃんを睨んだ。
「どう生きるかが大切ですというところまで、お話しました。人生は困難の連続です」
いかにもチャットGPTが言い出しそうな可もなく不可もなく無難な答えだなと思う。これに、三千円は高すぎる。入館料は五百円だったけど。ランチで美味しいものが食べられるレベルやん。
「山道ミツキさんは今日、ここに来るまでに隣の大久保まみこさんと京都駅から市バスD寺ゆきに乗り、M大社で下車しましたね? みなさんも見てらっしゃいますね?」
え、どういうこと? みんなが振り向く。私とまみこはびっくりして身体をすり寄せる。五十名ほどが中心にいる私達を睨みつけている? そういえば、隣のおばちゃんも、前のおじちゃんも、後ろのおばちゃんもなんとなくバスで見たような覚えが。
「あなたたち二人はバスでつり革を持ち、座席には座らずに立っていました」
そりゃそうやん。激混みやったんやから。
「え、すごいよ、ミツキ。あのAI、予測して話してるのかな」
AIじゃなくても予想をつけて話すことができそうだが。
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