13人が本棚に入れています
本棚に追加
駄菓子屋さん🍘
「気の利く人を寄越してくださいって、先方が言うからさ、松本さんが適任じゃないかってなったんだ。悪いんだけど、担当者として挨拶に行ってもらえる?」
課長にそう言われたのは二時間前。私、松本真未は今、真夏の太陽のきつい照り返しを受けながら、車を走らせている。
私が担当するらしいクライアントは、最近とある有名企業の広告に抜擢された気鋭のイラストレーターだ。
ネットを中心にトレンドとなり、このたび販売を兼ねたホームページを立ち上げることになった。
我が会社は主業がWebデザインで、先日、先方からホームページ制作の依頼を受けた。納期が短いため、報酬がやたら大きい。利益に目がくらんだ会社は私に指示を出した。なんとしてでも今日中に契約まで持ち込んでこい、と。
クライアントは山の中腹にログハウスを建てて暮らしている。おおよそ人と関わりそうにない住所からして気難しい人なのかな。
熱を高めたエンジンに鞭を打つように山を上っていくと、やがて小さな駐車場に着いた。
ちょうどトイレに行きたかったし、イートインスペースぐらいあるだろうと思って車から降りる。
だがそこにあったのは、しなびた駄菓子屋さんだった。
かき氷ののぼり、日に焼けたベンチ、銀色の灰皿スタンド、いかにも昭和を感じさせるトタン屋根。色褪せた看板すぎて、お店の名前は読めなかった。
見回してみたけど、お店はここしかない。令和の山に昭和が取り残されている感じだ。
「こんにちは〜」
のれんをくぐって店内へ。中は暗く、ひんやりしている。
奥から「よっこいしょ」と聞こえ、小柄なおばあちゃんが出てきた。
「あら、よう来なさった。暑かったでしょう。麦茶入れますからね」
その麦茶はいくら取るのだろう。観光地価格じゃないよね? そもそもこの山は観光地じゃないし。
「はい、冷たいうちにどうぞ」
コップに注がれた麦茶を見て、私は財布を出す。おいくらですか?と聞くと、お金なんて取りませんよ、と言われた。
おばあちゃんは、店内の棚から駄菓子を見繕って麦茶の横に置いた。茶菓子のつもりかしら。これはお金を取るのかな。
最初のコメントを投稿しよう!