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山に御用🏕
「お嬢さん、なんでこの山に来なさった? 登山? 写真?」
「え? ああ、仕事です。山の中腹にクライアントが住んでいて」
そうですか、と言ったおばあちゃんは、少し寂しそうな顔をした。
「沢渡さんね。でも残念ながら、そこまで車で行けないんですよ。一昨日の雨で倒木があって、山だから撤去も時間かかってね」
つまり、足で登れと。
私の仕事はデスクワークだ。体力なんてないし、夏に登山なんか考えてなかった。
だからって、沢渡さんに下りてきてとは言いづらい。相手は今後も付き合うかもしれないクライアント。絶対にこちらが赴くべきなのだ。
「あの、沢渡さんのことは、お詳しいですか? 私は今日突然会いに行けと言われて、ほとんど情報なくて。小さなことでも教えていただけると助かるんですが⋯⋯」
おばあちゃんは麦茶を飲みながら答えてくれた。
「イラストレーターなんですってね。そっちの仕事はよく分からないけれど、駄菓子は好きみたいよ。よく下りてきて買って行ってくれるから」
「駄菓子、ですか」
「山の頂上には立派なレストランもあるんだけどね、それより駄菓子が好きみたい。作業に時間がかかるから、ちょこっと食いがいいと言っていたわ」
「なるほど」
「すももやラムネをよく買って行くわ。チョコレートはあまり好きではないのかもしれない」
手土産に駄菓子か。先方が喜ぶならいいんだけど、持参したコーヒーギフトとの相性は⋯⋯すももじゃ合わないだろうな。
おばあちゃんは長年ここで営業しているせいか、とても事情通で、沢渡さんのログハウス建築の際の悶着まで知っていた。
この人と話していると、亡き祖母のことを思い出す。そのぐらい穏やかで温かみがあって、親近感を覚え始めていた。
そんな時、駐車場に一台の軽自動車が入ってきた。頻繁に目にする車種だが、私はその車の名前を知らない。
降りてきたのは黒いTシャツにジーンズの若い男性。話題にしていた沢渡さんだろうか?
だがその人は、私を見て嫌そうな目をした。
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