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四.
二ヶ月後、緊張した面持ちで、一人、地図を元に辿り着いた見知らぬ戸建て住宅のドアホンを鳴らす、僕がいた。
戸内をバタバタと駆けて来た足音が扉を開き、
「いらっしゃい!
どうしても休めない仕事があってさ、お迎え行けなくてごめんね!」
体も目も口も大きな、パッションの塊と言ったような女性が、満面の笑みで僕を抱き締めた。
あぁ、そうか、実体のある母親っていうのは、迎えに走って来たり、仕事をしていたり、体があってハグしてきたり、やわらかくて、当然だけど体温があったりするんだ。
「あ、あぁ、いえ、一人で静かに街とか歩けて、なんか新鮮で楽しかったです。
えと、お世話に、なります」
「やあね、『ただいま』でしょ?
ユウキ!?
ミチル君が来たわよ!
さ、入って入って!」
肩を抱かれたまま押し込まれるように、僕はその新しい僕の家族の家へと足を踏み入れた。
自分以外の、人のいる部屋。
生活感。
壁に貼られた家族写真。
階段を降りて来た四つ歳上のユウキが開いた冷蔵庫の中の大きな調味料ボトル、コンロの上には鍋が三つ、皿やマグカップがいっぱいに詰まった食器棚。
おはようとキスを交わす母親と息子。
それほど広くは無い庭を覆い尽くすかのように干されている洗濯物。
その洗濯物の隙間から顔を出し、作業着姿で、
「君のための椅子を作ってるんだ」
と大声で張り切る父親。
この父・母・息子の三人のレトラー家族の家には、チッパーのみが通う全寮制の学校では見かけない、感じられないような、非常にフィジカルでスキンシップに溢れた光景が満ちていた。
極端に羨ましいとか、本気で入れ替わりたいとか、そういうほどでは無いのだが、実体家族の存在する生活というものに、保育園を出てからずっと寮の個室で一人暮らしが基本のチッパーたちは、少なからず憧れを持っていた。
それが今、僕の目の前にあった。
「今日からしばらく、よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、
「しばらくと言わず、ずっといてもいいのよ」
「挨拶とかいいから俺の部屋でゲームしようぜ。
その後、モールで服買うの付き合えよ、お前のも買ってやるからさ」
「勉強机もあった方がいいかなぁ?
それともチッパーの子は勉強もチップでするのかい?」
三人の家族が僕を奪い合うようにもみくちゃにしながら大きな笑い声を上げた。
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