六.

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六.

「はは、それはね、いわゆるホームシックってやつだな。 遥か太古より人間に備わった本能みたいなもので、『寂しい』という感情だよ。 急に来てどうしたのかと思ったら、そういうことね」 一ヶ月ほど頑張って過ごしたものの、なんだか疲れ果てて訪ねることにしたクリニックで、僕の話に市井先生が笑った。 「ちょっとよくわかりませんが。 っていうかですね、重要なのはむしろそれじゃなくて、そもそも僕は『自分の夢を叶えるために家族から離れて独り立ちしたい』みたいなことで先生に相談に来たはずなんですよ。 それがなぜかいつの間にか実体家族の中で暮らす流れになってるんですよね。 違うんですよ、ちょっと一人で暮らしたいって話だったんですよ。 でも僕は成人するまで家族から離れられないんですか? っていうかチッパーって大人になってもずっとAI家族が同居してるのが普通なんですか? 自分の信じた道を進んでてもずっと頭の中の家族会議に縛られ続けるんですか?」 この一ヶ月の生活で、無意識にひどく苛立(いらだ)っていたのだろう。 気が付くと僕は立ち上がり、先生に愚痴のような質問をまくしたてていた。 が、先生はむしろ満足げに(うなず)くと、 「そういう発想はね、やはり年頃ってやつだよ。 君が健やかに成長している証だ。 でもだとしたら、やはり一人暮らしはできないなぁ。 おとなしく成人するまで待ちなさい」 机の上の画面をちらりと流し見た。
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