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「お待たせ。イヴちゃん、今寝てるよ」
肌着すらブカブカで小さく見えるのに、長身の永礼に抱かれると余計にサイズ感がバグって見える。実際に小さいけれど。
さらに永礼の脚には、子どもがくっついていた。白髪……いや銀髪? 金髪にも見える。目は黒いのに髪だけ色が薄い。永礼と同じだった。幼稚園児くらい?
「ありがとうございます」
伊玖はとにかく赤ちゃん――イヴ(仮名)を受け取る。まだまだ手つきは危なっかしいが、柳井が根気強く令和くんで教えてくれたおかげでギャン泣きされ続けた昨日の朝よりはマシになっていた。
「あ……かわいい」
寝顔などゆっくり見る時間がなかっただけに、初めて見た気持ちだ。
「かわいいよね。うちの奏斗が一番だけど、赤ちゃんがかわいいっていうのは否定しない」
意外にも永礼の同意を得た。
そう、かわいい。
一度抱っこしてしまえば最後だった。この小さい生き物を守ってあげなければいけないと思ってしまった。元カノの子だとかいうのは関係なかった。
かわいい。ただそれだけ。守りたい。それだけの理由。
正直、今でも「なぜ自分が?」とは思っている。しかし伊玖は一度抱っこしてしまったのだ。その瞬間から魅了されたのだろうとしか思えない。親は関係ない。自分が傍で守りたい。本当にそれだけだった。
「よその子なんてどうでもいいんちゃうんか」
「訂正。よその子なんてどうでもいいけど、赤ちゃんを見せられて『かわいいよね』って言われたら同意する。これでいい?」
「俺はどうでもいい」
「総司に遊ばれるの久々だな。それで小牧くん、イヴちゃんを引き取る目処は立った?」
そこでようやく小牧に口を開くよう求められた。
「引き取る……」
「君、独身だし普通の養子縁組は無理でしょ? 咲夜くん……新山に言われなかった?」
この人もあの弁護士先生を知っているのか。それなら彼も大学の後輩かもしれないな。
「引き取る」という言葉で一気に頭が冷えてきた。
「いえ。まずは警察に捜索願を出すべきだと」
「ああ、だろうね」
永礼は膝の上に座っていた子どもの髪をくしけずりながら、笑みを絶やさずに頷いた。顔は笑っているのに、少し冷たく感じた。
「奏斗、向こうでスクラブルしよか」
「えー、そーし、よわいもん」
「大丈夫、今日は強いから」
「ほんと?」
「カナちゃん、行っておいで」
「わかった。そーし、いこ」
所長を呼び捨てにして「弱い」と言った辺りはぞっとしたが、その声は可憐だった。結城も笑って手を引かれている。
永礼に促されたのが決定打だったようで、二人は先ほど永礼が引っ込んだのとは別の扉へ消えていった。そこが子ども部屋なのだろう。
あれ、この人、子どもいたっけ。同性婚を発表していた気がするのだが。でも結城は「泊まり込みで子どもを世話した友人宅」と言っていた。
「君はさ、どうしてそこまであの子にこだわるの」
人払いを済ませて、グサッと本題に切り込まれた気がした。
「っていうのはどうでもよくて」
気のせいだった。オーラがありすぎて困る。冗談に聞こえない。
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