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「君がつらければいつでもここへ預けに来ていい。どうせ保健師か助産師かにも言われたでしょ。『手助けしてくれる人はいますか』って。世話ならできるから連れてきたらいい」 「ありがとうございます」  今日一日でも迷惑すぎると思っていたのに、予想だにしない言葉だった。  ただ、永礼の本題はここからだったらしい。 「でも、俺はあの子に愛情を注げないからね。愛情をもって世話するのが親だけど、俺はあの子の親じゃないから。俺は自分の子しか愛せないから。引き取って世話したいなら、ちゃんと愛してあげるんだよ」 「……はい」  忠告、だろうか。愛せないなら軽々しく育てるなどと言うなと言っているのだろうか。  正論だ。とても正しい。親ではない伊玖に対する言葉として、かわいさに舞い上がっている伊玖に対する言葉として、これ以上適切なものはない。しっかりと釘を刺されたように感じた。 「今君が見ているのはかわいいところだけで、これからかわいくないっていうか、あの子の人生なのに代わりに決めたり、あの子の代わりに責任を負ったりすることが出てくる。子どもを育てるって、そういうことだから。親になるって、そういうことだから。愛情だけでもだめだから」  コーヒーを飲みながらの語り口調が説教くさく感じないのは、経験者だから言えることだからだろうか。それとも虚空を向いているからだろうか。  ただ少なくとも、結城からは聞けなかった話だ。 「パパ、そーしやっぱりよわかった」  ちょうど子どもが出てきた。何をしたのかは知らないが、強弱の決着には早いのではないだろうか。 「透真、奏斗に単語表見せたやろ。全部覚えとる」 「見せてないけど、普段俺が相手してるから覚えたのかも。カナちゃんまた勝ったんだ、すごいね」  子どもへ向ける笑顔は慈愛に満ちていた。愛想笑いではなかった。それだけで愛情が伝わってくる。頭を撫でて抱きかかえる、その動作だけで愛していると伝わってくる。 「誰の子とかどっちの子とか無粋なこと聞かないでね。とにかく俺は俺の子が一番なんだよ。だから君の、他人の子でも育てようって精神は尊敬する。だから手伝いはする。でも、愛情もてないなら早めに手放したほうがいい。世話をしきれないときも同様。君に義務はない」 「パパ、なんのはなし?」 「大人のお話。カナちゃんがパパにも勝てたら教えてあげる」 「ぶー」  子どものあどけなさに笑ってしまった。  あの子も、成長したらこんなふうに話してくれるのだろうか。そこまで想像してしまった。我ながら随分と気が早い。 「肝に命じます。ありがとうございます」 「うん。君の選択、楽しみにしてるよ」  どうにも観察して楽しまれているふうが拭えないが、世間一般の親としての意見はそんなものだろう。  巷で呼ばれているよりは普通の人だ。怖い人じゃなくてよかった。 「咲夜くんには怖がられてるけどね」 「そうなんですか?」  ……あれ、今さらりと心を読まれなかったか? 結城と同じ、読心術―― 「読心術ではないけど、君はわかりやすい」  ……やっぱり怖い人だった。だってそうだ、この人敏腕で有名だった。心を読めるから敏腕なのか。なんにせよ怖い。 「ははっ。そこまで警戒されるのもおもしろいなあ」  やっぱり結城の友人というからには、普通ではないらしい。 「このくらい全然普通だって。総司もうちの相方もやるし」  ……だから、それが。怖いんだって言ってるのに。いや言ってないか。勝手に読まれてるだけか。そしてここは魔窟か何かなのか。結城の知り合いはこんなのばかりなのか。  いや、新山は違ったか。……違ったか? たまにこういう話し方をされていた気がする。  伊玖が小さく溜め息をつくと、永礼は心底おもしろそうに笑った。結城の友人がただの善意の人なわけがなかった。
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