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「あまり考えたくない仮定ですが、もし彼女と連絡がつかなければこの子はどうなります?」 「……乳児院へ、そこから児童養護施設へ移されて養育されることになるでしょうね」  家庭環境を失った者にも社会的養護を与えよ、というのが現行法だ。家庭的環境を与えるため、施設へ移送されるだろう。  乳児のため養子縁組は組まれやすいだろうが、それはあくまで他の年齢層と比較しての話だ。国内全体で見ても、養子縁組は増加傾向だが多くない。これが現実。 「上司にも同じことを言われました」  その上司、本気ですごいな。全面的に頼っていい気がするのだが。  そう思いつつ、律哉はゆっくりとベッドを見遣る小牧を眺めた。慈愛に満ちた瞳をしていた。体はたった一日で消耗しているのに。  律哉には覚えがあった。役所でもよく見ている。これは母親の目だ。 「だから僕が育てようと思って」 「……なるほど」 (いや「なるほど」じゃねえけどさ。わかんねえけどさ。何それ。だって今朝ハジメマシテした子だろ? 元カノと、たぶんその旦那との子だろ? わかんねえなあその気持ち)  共感と傾聴がひたすら叫ばれるご時世だが、律哉にはまったく理解できなかった。おそらく小牧は、理解できない律哉を理解していた。ここへきて初めて微笑まれる。髪はセット前で乱れているが、綺麗だと思ってしまった。 「なので柳井さん、さっきみたいにお手数おかけしますが、育児を教えてもらえると嬉しいです」 「えっと……そうですね、赤ちゃんの成長を見守り保護者の相談にのり、ときに指導するのが新生児訪問なので、意趣としては合っているのですが、法的な問題がいろいろありそうですね」  考えたそばから口に出してしまっていた。バカ正直な自分が憎い。もう少し言い方があるだろうに。普段訪問業務をしていないボロが出た。  しかし小牧は寛容なのか、やはり微笑んだ。 「上司に弁護士さんも紹介してもらうことになっています。法的問題はそちらで相談します。差し迫った問題としては、僕に乳児に対する知識がないことです。よろしくお願いします」  弁護士の手配。もう上司さすがすぎてコメントないわ。上司がいればなんとかなりそうって報告していい? あ、だめですよねそうですよね。 「あー、では赤ちゃんの基本知識から……」  まさか役に立つと思っていなかった両親学級のパンフレットやら、産後の発達過程の資料やら三キロの男の子模型「令和くん」やらをかばんから出しながら、律哉は小牧本人の生年月日に職業に休職可能かどうかなどを尋ねていく羽目になった。
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