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「結城くんの紹介だから予想はしてたけど、また厄介な……失礼、小牧さんが厄介なわけではなくて、状況が、です。私にできることは少ないかと」
所長に連れられてやって来た法律事務所では、そんなふうに言われた。男性の割にどこか色気のある人だな、と思ったが、所長の知り合いなら理解できる。
事務員だけでなく老齢の女性職員からも好意を寄せられている結城総司という我が上司は、モテるのに未だ独身を貫いている、いわゆる独身貴族だ。関西弁でキツく見えるのが玉に瑕だが、クライアントには敬語なので気さくさと人当たりの良さだけが印象に残る。伊玖の勤める弁理士事務所の所長でもある。
その後輩で弁護士をしているのが、この新山咲夜という男らしい。何の後輩なのかは知らないが、昨日連絡して今日会えたからには浅からぬ仲なのだろう。現に親しげだ。ただの先輩後輩には見えない。
「そもそも、これは失踪事件なので。乳児の受け渡しが絡んでいますが、要は女性が一人姿を消していますよね。誰が養育するかよりも、失踪した人物を探し出すのが先決でしょう。乳児を預けていることから事件性が高いと判断され、家出扱いでのんびり気長に待つ、なんてことにはならないはずです。実際に事件性が高いですよね。大事な子どもを預けて消息不明って」
言われてみればそうだ。赤ちゃんに気を取られて重要視していなかったが、消息不明と言われれば重大に聞こえてきた。そんな大事な赤ちゃんは、今は結城の知人に預けているのだが。
今回ははじめから結城に頼りっぱなしだった。今だってついてきてもらっている。いい大人だというのに、不甲斐ない。結城を見ているとそれを実感させられ続ける。
昨日の朝だって、怒ってもいい時間にかかってきた「あの、赤ちゃんが来て、世話することになったみたいで」なんて要領を得ない電話に真摯に耳をかたむけてくれ、友人宅とベビー用品店を回って小牧の家まで来てくれた。
そうでなければ育てようなどとは思わなかったに違いない。
「乳首は新しいほうがいいやろうから買っとくで」と言われたときには「にゅうしゅ…?」となったし、「粉ミルクのブランド指定あるか?」と尋ねられたときには「粉ミルクにブランドがあるのか…。マミーとかミルキーとか?」と見当違いな想像に首をひねるばかりだった。
独身子なしの結城になぜそこまでのことができるのか問えば、友人宅に泊まり込みで育児をしたことがあると、赤ちゃんをだっこであやしながら答えられた。つくづく頭が上がらない。友人にも感謝したいくらいだ。結城にベビーシッターを経験させていてくれてありがとう。
……それは結城に失礼なのか。まあすべてに感謝したい気持ちは変わらない。
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