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「あれ、総司? 思ったより早かったな」
「メッセ飛ばしたやろ」
「ごめん見てない。それで、こっちの彼が突然押しつけられた元カノの子どもを育てたい奇っ怪な彼?」
「……あ、こっ、小牧です。本日は赤ちゃんを預かっていただいてありがとうございました!」
結城がインターホンを鳴らすことなく合鍵で二重のオートロックをくぐり抜けたのに驚いている間に、小牧の自己紹介まで会話が進んでいた。
「うん、びっくりしたけど総司の頼みだし。ああ、イヴちゃんは寝室に寝かせてるよ。今奏斗が見てる」
「イヴ?」
「アダムの肋骨から生まれていれば良かったのに、って」
「皮肉を名前にするな」
「ユーモアと呼んでよ。だって赤ちゃんの名前教えてもらってなかったしさ。ずっと『赤ちゃん』って呼ぶわけにもいかないし」
二人同時に振り向かれて気づく。そういえばまだ名前をつけていなかった。そもそも付いているのか? 柳井は出生届がどうとか言っていたっけ。母子手帳がないと、みたいな。だったら身元が判明するまでは、というか戸籍の確認が取れるまでは、仮の名前で呼ぶしかないのか?
ちょっと待て。いや待たなくてもいいのだが、少し頭に休憩がほしい。
え、この人に赤ちゃんを預けたんだよな結城所長は。この人、すごい見覚えあるんだよ。金髪で肌が白くて、女性みたいな整った顔で、けれど長身の男性で、どこで見たって、テレビとか新聞とか雑誌とか、そういうメディア媒体で見たんだよ。たしかうちの事務所も登録している仲介会社大手のCEOの――
「永礼透真……社長!」
「ああ、はじめましての挨拶抜かしてた。ごめんね。ご存知のとおり永礼です。知ってくれてると楽でいいね。社長は呼ばれ慣れてないから付けなくていいよ」
いやいやなんて人に預けてるんだ、知らなかったとはいえまじか。やってしまった。結城のネットワークはどうなっているんだ。ちょっと待てやっぱり考えることが多すぎる。
「うわ、こんなときに電話かよ。総司、勝手にお茶淹れといて。コーヒーでもなんでも」
「もう淹れとる。小牧、コーヒーの砂糖とミルクは?」
「えと、無しで大丈夫です」
「さすが。イヴちゃんは奥の部屋だけど今入らないで。電話終わったら連れてくるから」
「おう」
いやだから待てって。結城所長はリビングでくつろいでるけど、永礼社長は奥の部屋に引っ込んだけど、ちょっと待てって。何も待たなくていいんだけど、待ってほしい。時間がほしい。脳内が忙しい。現状把握に追いつかない。キャパオーバーを起こしている。
「いつまで立ってんねん」
「えーっと」
恐れ多くて座れないというか、どこに座ればいいかわからないというか。場所はコーヒーカップの置いてある席なんだろうけど、結城の前で座りづらいというか。
固まったままの伊玖に嘆息し、結城は短く口を開いた。
「大学の後輩や。泊まり込みで子どもの世話した友人宅。お前にいろいろベビー用品くれたやつ」
え、あの服とか哺乳瓶とか、あの人からなの? お礼が全然足りない。どうしよう。何が喜ぶんだろう。
「だから、誠意」
誠意だけじゃ足りない気がするんですけど。
「ほしいもんは自分で手に入れるやつやから、物はいらん」
まあ社長なら手に入りますよね。そうですよね。
伊玖が納得していると、永礼が満面の笑みで、白い肌着に身を包んだ赤ちゃんを連れてきた。
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