悲しい罪

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悲しい罪

「しゃべり過ぎました。  姉はもう長くはありません。  せめて故郷の地を踏ませて、思いっきり笑わせてあげたいと思ったのです。  幼かった私を抱き上げて、公国の大地が好きだと言った姉の笑顔を取り戻したかった。  そこの下男に公国から連れて来た、暗部の者を貴族と偽り世話をさせました。  そして、王子たちの誰でも良いから、枕カバーの呪詛を暴かせて怖がらせてやりたかった。  孤独という悪夢を見させるように」  疲れた、心底疲れました、と執事長は小さく呟いた。 「脅したところで皇太后様は自由にはなれぬではないか」 「はっはは、えぇ、でも私の溜飲は多少下がります。  自由恋愛を推奨してる皇室? 愛が大事? お前らの親がして来たことを美化するな!!  自由恋愛をするために姉は犠牲になったのだ!」  言ったらだめだ。 「皇位を捨て、他国の奴隷と自由恋愛をすれば良かったのだ!」  それ以上言ったらダメだ! 「お前の親が自由恋愛を推奨できるのも、側妃として軽んじられぬ立場を守ってやった姉のお陰だ!  そして、他人の子を自分の子だと言い続けられるのも!」  その瞬間、グランは執事長に眠りの魔法を掛けると、その体を前のめりにして倒れ込んだ。 「シアン! 大丈夫だ、シアン! 私を見て、大丈夫だから!!」  僕は耳を塞げなかった。  一番怖い言葉。  避けては通れない事実。   「グラン、僕、僕はどうしたらいい?」  グランがくれる愛情が嬉しくて、受け入れてしまえばそこにどっぷりと浸かっていたんだ。 「何も変わらない、私たちは家族だ」 「その家族を作る為に、誰かを犠牲にしていいのかな」  ゆっくりと抱きしめながら、僕の疑問にグランは答えた。 「どの一面を切り取って捉えるかだよ。  全ては物事の一面でしかない。  形は歪で多面だ。  その形を捉えるより、たくさんの一面を見ていく事しか人には出来ない事なんだよ。  今生きる私達以外にも動物や植物、たくさんの犠牲の上に出来上がっているんだ。  ただ、私たちは知ってしまった。  他の一面を、二面を、そして形を。  ただそれだけだ。  確かなのは、歪な形に出来上がったものを、正しい形に作り直すことはもう出来ないんだ。  少しでも面を増やして歪さを整える、それがこれから出来る事なんだ」 「うん、うん、グラン、こんなに酷い事って、無いよ。  だからって、彼がした事が皇太后様が望んだ事とも思えないんだ」  ぎゅって抱きしめる手に力が入った。 「そこの従者、皇太后様と執事長は何と言って指示をしたんだ?」  執事長の話に全員が聞き入って、呆けた様になっていた。 「は、あ、はい!  皇太后様はただ微笑んでいました。  指示は執事長が出されて、どの王子でも良いから枕カバーをこれに変えろ、と。  そして寝ている時に様子を見に行くように、それだけです」 「首を絞めたりしたわけでは」 「滅相もない! そんなことしませんよ!  私が確認するのはいつも穏やかに寝ている姿です」  それは本当みたいだった。 「ならば首を絞めるとは、どう言う事だ?」  本当に幽霊? 「あの部屋は、ずっと使ってたの?」 「いや、先代の陛下が」 「それ! ずっと皇太后様の敵意は先代陛下に向けていたって言ったよ!  あのカバーは呪詛じゃなくて、テオドア兄様を守ってたんだ! 逆だったんだよ!  きっと、あの部屋のどこかに公国が昔陥れようとした呪物があるんだ!  それを皇太后様が阻止しようとしたから、裏切られて見捨てられたんだ!」  愛してくれなくても、自分が愛してる人の子供だから、憎まないように心を殺したって。  だからあの部屋を使い始めた第一王子を守ろうとしたんだ。  あの枕カバーで。 「皇太后様に会いに行こう!」  こんな悲しい罪があるなんて、少しでも正せる力が僕にあるなら、自分勝手な正義感だと言われようが使いたかった。  
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