心残り

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心残り

「さて、昔の話など終わらせて、未来を担う若者たちを見に行くかの」  皇太后様は、腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がり、第一王子の部屋に向かうと言いながら、しっかりした足取りで部屋を後にした。 「シアンと呼ばせてもらっても?」 「くっ、構いません」  グランが答えるのか。 「どうぞ、シアンと呼んでください」 「ほほ、悋気は嫌われるぞ、ラグランジュよ」  先を歩く皇太后様がグランに態とそう言った。 「もう、扉からも滲み出ているな」 「え?」 「何が」 「こうしたら見えるかの」  皇太后様は僕とグランに片方ずつの手を目に当てて、なにかを流した。  魔力と似てるけど全く違うものだった。 「ほらごらん」  手が離れたあと瞬きをすると、当てられていた目の方だけが違う物を写していた。 「なに、あれ」 「呪詛になってしまったものだ。  放っておいた私の責任だな」 「違いますよ、何があんな風に……、あ、もしかして、先代陛下?」  黒いドロドロした何かが、其処彼処に絡みついていた。 「そうみたいだな。  生前もあまり顔を見たことが無かったが、酷いものだ」  顔を見た事無いって、本当に最低な人だったんだな。  躊躇いも何もなく勢いよく扉を皇太后様が開けると、黒いドロドロの先代がビクついたように動きを止めた。  それは第一王子の首や腕、体にまで絡みついていて、前世の触手モノかと思うほどだった。  本当に苦しんでる人の前で、申し訳ない、と一応謝っておいた。 「情けない!  さっさと側妃の元へ行かんか!! うつけが!!」  皇太后様の一喝に、先代は生前の姿を作り出した。 「て、んには、いなかっ、た」 「居るはずなかろう、お前達が行くべき場所は地獄、しかも大焦熱地獄辺りだろうな。  己が側妃とした仕打ちを振り返るが良い」 「わた、しは、そそのか、され、そくひ、にしてしまっ、た」  声質もハスキーを通り越したような、聞き辛い上に、ハッキリしない滑舌を解読するのに集中した。 「唆されようが、騙されようが、己がした事を正しいと思うのか!?  ほんにうつけじゃ!!  死んでからも自分本位にしおって、呆れるわ!」  皇太后様に気圧されたドロドロの先代は、いつの間にか第一王子を離していた。 「ラグランジュ、テオドアを連れて外へ出ておれ」 「ですが、」 「時間が無いの、仕方ない  シアンよ加勢せい!」 「はい!」  勢いで返事をしてしまったけど、何をすれば良いんだろう? 「わたし、が、エリシ、ナを、エリ、シナに、ひどい、ことを、した、から?」 「未だに分かっておらなんだ」  はぁ、とため息をついた皇太后様は、何かを唱えると、ドロドロはもっとしっかりした姿へと変わった。 「う、い、ああ、あ、エリシ、ナ、」 「もう分かりなさい。  お前は死んだのだ。  側妃が先に逝っているのだから、何も恐れる事はない。  愛する者の元へ逝きなさい」 「ち、ちがう、私は、エリシ、ナを愛している。  私の過ちはエリシナに謝れ、無かった事だ。  愛する、者を間違えた」  姿が変わると喋る声も言葉も、だいぶ聞き取りやすくなった。 「エリシナって、皇太后様」 「今更何を言うか。  私はとうの昔にお前を見限っておるわ。  死んでも寝言を言うのだな」 「ずっと謝りたかった。  エリシナの人生を狂わせて、帝国を守らせる為の婚姻にしてしまった。  側妃にしたのが間違いだった。  愛ではなかった。  地位に権力、金、それを側妃は求め、止める事が出来なかった。  血の繋がらない息子なのに、厭わずただ深い愛情を注ぐエリシナを、抱きしめたかった。  それを言葉にも態度に出すにも時間が経ちすぎていた。  すまなかった、エリシナ。  私を許してくれ」 「バカな皇帝よな、私は最初からの許しておるさ。  寂しい気持ちも、嬉しい気持ちも、全てこの国に埋めると誓った。  見限っても憎しみより、愛しい気持ちの方がほんの少し勝ってしまっていたからの」 「そうか、私も少しは愛されていたのか」 「気づくのが遅過ぎたがな」 「来世は君を選ぶ。   必ず君を見つけて迎えに行く」 「あ、いや、来世もお守りをさせられるのは懲り懲りだから、来てくれるな」 「え、だって、許してくれたのではないか」  「都合の良い解釈だな  今世は致し方ないが、来世までなど絶対嫌だ、御免被るわ! 早よ逝け」  この言葉がとどめになったみたいで、先代の姿は霧散して消えた。
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